イラン政権転覆作戦の戦略的限界:2026年「エピック・フューリー」作戦の分析
2026年2月28日、米国とイスラエルによるイランへの大規模な共同軍事攻撃「エピック・フューリー(Operation Epic Fury)」が開始された事実は、中東における地政学的均衡を根底から覆す事態となった。トランプ大統領は、イランの核プログラムの「完全な抹消」と、最高指導者アヤトラ・アリ・ハメイニ率いるイスラム体制の転覆を最終目標として掲げているが、地政学リスク分析の観点からは、この戦争が短期間で終結し、かつ米国の望む形で成功を収める可能性は極めて低いと断ぜざるを得ない。戦争を開始することは政治的決断一つで可能であるが、それを望ましい形で終わらせることは、2003年のイラク戦争や20年に及んだアフガニスタン紛争の教訓が示す通り、極めて困難である。本報告書は、2026年のイラン戦争がなぜ長期化し、最終的に戦略的失敗に終わるのかについて、軍事地理学、非対称防衛ドクトリン、経済的波及効果、そして国内統治の構造的レジリエンスの四つの側面から詳細に検討する。
戦略的背景:不完全な外交と「平和委員会」の欺瞞
今回の紛争の端緒は、2025年6月に発生した「12日間戦争」にまで遡る。イスラエルを中心とした前回の攻撃により、イランの核施設や軍事インフラは一時的に甚大な被害を受けたが、イスラム共和国体制はその後の半年間で驚異的な組織的回復力を見せた。2026年初頭にオマーンやジュネーブで行われた間接交渉において、米国はウラン濃縮の完全停止、弾道ミサイル開発の放棄、および地域プロキシへの支援停止という「三つの核心的要求」を突きつけたが、イラン側にとってこれらは体制の生存基盤を揺るがす「レッドライン」であり、妥協の余地は当初から存在しなかった。
トランプ政権が提唱した「平和委員会(Board of Peace)」は、表向きはガザの復興や紛争解決を目的とした多国間枠組みとして提示されたが、その実態は国連を無力化し、トランプ大統領個人に「終身議長」としての全権を付与する恣意的な組織であった。この委員会を通じて、米国は伝統的な同盟国との協議を軽視し、自国の政治的・経済的利益に直結した軍事行動の正当化を図ったが、これは欧州諸国の離反を招き、国際的な包囲網の形成を困難にするという戦略的失策を犯している。
| 交渉の主要項目 | 米国の要求水準 | イランの立場 | 決裂の要因 |
| 核開発プログラム | ウラン濃縮の完全かつ永久的な停止 。 | 医療・エネルギー目的の平和利用権を主張 。 | 主権の象徴としての濃縮権の固執 。 |
| 弾道ミサイル | ICBMを含む全プログラムの解体 。 | 唯一の抑止力として譲歩不可能と明言 。 | 通常兵器の劣勢を補う生存戦略の要 。 |
| 地域プロキシ | ヒズボラ、フーシ派、PMFへの支援完全停止 。 | 「抵抗の枢軸」としての防衛ネットワークを正当化 。 | 外国干渉に対抗する前方防衛ドクトリン 。 |
軍事地理学と非対称防衛:天然の要塞という壁
イラン戦争が失敗に終わる最も物理的な理由は、その過酷な地理的条件にある。イランの国土面積は約165万平方キロメートルと、隣国イラクの約4倍に達し、西ヨーロッパ全体に匹敵する広大な戦略的縦深を有している。特に西部のザグロス山脈と北部のアルボルズ山脈は、地上軍の侵攻を阻む天然の障壁であり、航空作戦においてもレーダーの死角を提供し、移動式ミサイル発射台や指揮統制施設の隠蔽を容易にしている。
イラン軍(アルテシュ)とイスラム革命防衛隊(IRGC)は、過去40年間にわたり「 layered defense(層状防御)」と呼ばれるドクトリンを洗練させてきた。これは、通常兵器の劣勢を、山岳地帯に張り巡らされた広大なトンネルネットワーク、地下都市(ミサイル・シティ)、および地理的優位性を活かしたゲリラ戦術で補うものである。2026年2月の攻撃において、米国はB-2爆撃機による深部貫通爆弾を使用したが、イランの核物質の多くは山岳地帯の深くに隠されており、空爆のみでこれらを完全に無力化することは不可能であるとの評価が定着している。
地政学的な戦力評価において、ミサイル防衛の有効性を算出するモデルを適用すると、イラン側の飽和攻撃の脅威が浮き彫りになる。
P_{hit} = 1 – (1 – P_{single})^n
ここで、P_{hit}は目標への命中確率、P_{single}は単発ミサイルが防衛網を突破する確率、nは発射数である。イランは中東最大級のミサイル在庫を保有しており、数百発規模の一斉射撃(飽和攻撃)を行うことで、イスラエルの「アイアンドーム」や米国の「パトリオット」システムの迎撃能力を物理的に限界に追い込むことが可能である。2025年の12日間戦争では、550発以上の弾道ミサイルが発射され、そのうち40発以上が人口密集地や軍事拠点に直撃した事実は、現在の迎撃在庫の枯渇と相まって、米軍基地への甚大な被害を予見させる。
「誠実な約束4」:地域的エスカレーションとコストの増大
イラン側の報復作戦「誠実な約束4(Truthful Promise 4)」は、限定的な報復に留まった過去の事例とは異なり、地域全体の米軍資産とパートナー国を標的とする無制限の紛争へと拡大している。革命防衛隊は、バーレーンの米第5艦隊司令部、カタールのアル・ウデイド空軍基地、アラブ首長国連邦(UAE)の基地などを攻撃対象として明示しており、実際にドバイやバーレーンで被害が報告されている。
この地域的エスカレーションは、米国の同盟戦略に亀裂を生じさせている。湾岸諸国(サウジアラビア、UAE、カタール、オマーンなど)は、イランからの報復を極度に恐れ、自国内の基地を対イラン攻撃の出撃拠点として使用させることを拒否する姿勢を強めている。これは、米軍の作戦自由度を著しく制限し、空母打撃群への過度な依存を強いる結果となっているが、狭いペルシャ湾内での空母運用は、イランの対艦ミサイルや自爆型無人機の群れ(スウォーム)攻撃に対して極めて脆弱である。
| 攻撃・防衛システム | 主要な特性 | 戦略的役割 | 2026年紛争における課題 |
| ファテフ110(弾道ミサイル) | 短距離・高精度・固体燃料 。 | 米軍基地への精密打撃 。 | 移動式発射台による高い生存性 。 |
| シャヘド136(自爆ドローン) | 低コスト・大量生産・長距離 。 | 防衛網の飽和と心理的圧迫 。 | 迎撃ミサイルのコスト対効果を悪化させる 。 |
| ロシア製「ヴェルバ」MANPADS | 最新型携帯式防空システム 。 | 低高度侵入機・ドローンの迎撃 。 | 米軍のヘリボーン・近接支援を阻害 。 |
| 中国製CM-302(対艦ミサイル) | 超音速・沿岸防衛用 。 | ホルムズ海峡のアクセス拒否(A2/AD) 。 | 空母および輸送船団への直接的脅威 。 |
政権転覆という幻想:民族主義の覚醒と体制の回復力
トランプ政権の戦略的根幹は、「外圧によってイラン国民が蜂起し、体制を内側から崩壊させる」というシナリオに依拠している。しかし、この想定はイラン社会の深層にある民族主義的感情と、革命防衛隊が構築した「影の国家」の強靭性を見誤っている。イラン国民の多くが現体制の腐敗や弾圧に不満を抱いているのは事実であり、2026年1月の抗議デモでは数千人が犠牲になる凄惨な弾圧が行われた。しかし、外国からの直接的な軍事攻撃、特にイスラエルと連携した攻撃は、歴史的に「旗の下への結集(rally ‘round the flag)」効果を生み出す傾向がある。
1980年のイラクによる侵攻時、革命直後で分裂していたイラン社会は、外敵を前に急速に結束した。今回も同様に、米国による攻撃は、体制批判派を「外国の協力者(反逆者)」として沈黙させるための絶好の大義名分を政権に与えている。また、イランの反対派は極めて断片的であり、現体制に代わって国家を統治できる統一された組織や指導者が存在しない。このような状況下での「斬首作戦」は、民主化をもたらすどころか、イランをシリアやリビアのような軍閥が割拠する「失敗国家」へと変貌させ、中東全体に計り知れない混乱を撒き散らすリスクを孕んでいる。
さらに、革命防衛隊(IRGC)は単なる軍事組織ではなく、イランの経済、政治、社会インフラに深く根を下ろした巨大な利権集団である。最高指導者の交代や指導部の殺害が行われたとしても、15万人の隊員を擁するIRGCは独自の生存戦略を持っており、地下潜行して長期的なゲリラ戦やテロ活動を継続する能力を有している。米国が本気で体制転覆を完遂するためには、広大な国土を制圧し、この「影の国家」を解体するための大規模な地上軍の投入と、数十年規模の占領が不可欠であるが、現在の米国にそれだけの政治的意志や軍事的資源は残されていない。
ホルムズ海峡の封鎖と世界経済への「エネルギー核爆弾」
イラン戦争が世界にとって失敗となる最大の経済的要因は、ホルムズ海峡の脆弱性である。世界の海上輸送石油の約20〜30%、およびLNGの約20%がこの狭い海峡を通過しており、イランはその北岸を完全に支配している。イランの海軍ドクトリンは、正面衝突を避け、機雷、高速艇のスウォーム攻撃、および沿岸ミサイル基地を用いた「海上アクセス拒否」に特化している。
2026年2月の紛争開始直後から、原油価格は急騰しており、アナリストは海峡が完全に封鎖された場合、ブレント原油価格が1バレルあたり150ドルから、最悪のシナリオでは300ドルに達すると予測している。これは世界経済にとって「供給ショック」によるスタグフレーションを引き起こし、輸送コストの増大、製造業の停滞、そして急激なインフレを招く。
経済的波及効果を測定するスタグフレーション指数(I_{stag})は、以下のようにモデル化できる。
I_{stag} = Delta CPI + (1 – \Delta GDP)
エネルギー価格の急騰により消費者物価指数(CPI)が上昇する一方で、エネルギー集約型産業の停滞により国内総生産(GDP)成長率が低下するため、世界経済は1970年代のオイルショックを上回る打撃を受けることが予想される。特に、中東産エネルギーへの依存度が高い日本、インド、韓国などのアジア諸国は、深刻な電力不足と経済的損失に直面し、日本国内のガソリン価格は1リットルあたり300円を超える可能性がある。
| 国・地域 | エネルギー依存状況 | 想定される経済的打撃 | 政治的・社会的影響 |
| 日本 | 原油の9割以上を中東に依存 。 | LNG価格の170%上昇、物価高騰 。 | 経済対策に巨額の国費投入が必要 。 |
| 欧州(EU) | ロシア産代替としてのLNG依存増 。 | TTFガス価格の暴騰、冬季の暖房危機 。 | 難民流入と右派ポピュリズムの台頭 。 |
| 中国 | 世界最大の石油輸入国、イラン産を割引で購入 。 | 輸送路の不安定化による製造業コスト増 。 | 米国の疲弊を静観しつつ、外交的影響力を拡大 。 |
| 米国 | シェール革命で自給率は高いが価格は連動。 | ガソリン価格高騰による内政への不満。 | 戦争継続への支持率の急速な低下 。 |
中露の戦略的待機と「抑止力の限界」
2026年の世界情勢において、米国はもはや唯一の覇権国ではない。ロシアと中国は、イランを西側の圧力に対する重要な「地政学的楔」と見なしており、直接的な軍事介入は避けるものの、イランの生存を支えるための多面的な支援を行っている。ロシアはウクライナ戦争を通じてイランとの軍事的連携を深めており、最新の防空システムや電子戦技術の供与を通じて米国の空爆の効果を減衰させている。
中国は、米国の制裁を回避する「ダーク・フリート(影の艦隊)」による原油購入を継続することで、イラン政権に不可欠な外貨を供給し続けている。北京の戦略は「戦略的機会主義」と呼ばれ、米国が中東の「底なし沼」に再び足を取られることを、アジア太平洋地域での自国の覇権拡大のための好機と捉えている。米国がイランでの長期戦を強いられることで、台湾海峡や南シナ海における米軍の展開能力(スイング・フォース)は必然的に低下し、21世紀の真の戦略的競合において中国に優位性を与えることになる。
結論:長期化する消耗戦と「勝利」なき撤退への道
2026年のイラン戦争は、始めることは容易であったが、それを終わらせる出口戦略(エグジット・ストラテジー)が完全に欠如しているという点において、歴史的な失敗となる運命にある。トランプ大統領が目指す政権転覆は、イランの強固な山岳地形、洗練された非対称防衛、そして外敵に対して団結する国民意識という三つの壁に阻まれ、達成される見込みは薄い。
現在の空爆中心の作戦は、イランの核能力を一時的に遅らせることはできても、それを完全に破壊することはできず、逆にイランを「核武装による最終的な抑止」へと突き動かす強力なインセンティブを与えてしまった。一方で、イランによる地域的な報復攻撃は米国の同盟関係を侵食し、ホルムズ海峡の緊張は世界経済を未曾有の危機に陥れている。
最終的に、米国は以下の三つの厳しい現実に直面することになるだろう:
第一に、地上軍を投入しない空爆のみの作戦では、イスラム体制を転覆させることはできないという事実。
第二に、戦争のコストが米国内の支持を上回り、経済的打撃が世界的な反米感情を増幅させるという事実。
第三に、米国が中東に釘付けになっている間に、中国とロシアが世界の多極化を決定的に進めてしまうという事実である。
この戦争は、数ヶ月で終わる「電撃戦」ではなく、数年から十数年に及ぶ「低強度紛争とテロの連鎖」へと変質し、米国は莫大な戦費と兵士の命を費やした末に、2021年のカブール撤退時のような、明確な勝利のないままの不名誉な合意を強いられる可能性が高い。イラン戦争は、軍事力の限界を露呈させ、米国の世界的指導力を失墜させる「終わりの始まり」となるだろう。