エグゼクティブ・サマリー
2025年末から2026年3月初頭にかけて、イラン・イスラム共和国は建国以来最大級の存亡の危機に直面している。国内では、リアル暴落とハイパーインフレを契機とした全31州にわたる「2025-2026年抗議デモ」が発生し、政府による凄惨な鎮圧活動、通称「1月の虐殺」へと発展した 。国外では、イスラエルおよびアメリカ合衆国による共同軍事作戦「オペレーション・エピック・フューリー(Operation Epic Fury)」が2026年2月28日に実行され、最高指導者アリ・ハメネイを含む国家指導層の多くが殺害されるという「デカピテーション(斬首作戦)」が成功した 。
この未曾有の危機の中で、イラン内部では3つの主要な権力中枢が互いに衝突し、国家の生存戦略を巡って激しい対立を繰り広げてきた。外交交渉を通じて経済制裁解除と国家の存続を模索するアッバス・アラグチ外相、国内の治安維持と行政管理を一手に引き受け「鄧小平モデル」による強権的安定を提唱するアリ・ラリジャニ最高安全保障委員会(SNSC)事務局長、そして軍事力による抑止と「モザイク国防」ドクトリンを堅持し、ハメネイ亡き後の後継体制としてモジュタバ・ハメネイを擁立した革命防衛隊(IRGC)である 。
本報告書は、これら三者の対立構造を軸に、制裁、経済崩壊、軍事衝突、そして指導者不在という極限状態におけるイラン政治の力学を詳細に分析する。アラグチの「外交的リアリズム」がIRGCの「軍事挑発」によっていかに無効化されたか、またラリジャニが追求した「実務的独裁」がいかに国内の支持を失い、軍事政権への道を開いたのかを明らかにする。
第1章:アッバス・アラグチの「外交的リアリズム」と限界
アッバス・アラグチ外相は、2025年から2026年にかけて、トランプ政権との間で行われた一連の間接交渉において、イラン側の主導的な役割を果たしてきた。アラグチの戦略は、2015年の核合意(JCPOA)の残骸から「暫定的な合意」を引き出し、崩壊寸前の経済に酸素を供給することにあった。しかし、彼の立場は常に、国内の強硬派であるIRGCと、国家の全権を掌握しつつあったラリジャニ派という二つの勢力によって挟み撃ちにされていた。
1.1 マスカット・ジュネーブ交渉の深層
2026年2月、アラグチはオマーンの外相バドル・アルブサイディを介し、米国特使スティーブ・ウィトコフとの間で間接的な核交渉を行った 。アラグチが提示した提案は、イランが保有する高濃縮ウラン(HEU)の半分を国外に搬出し、残りを希釈した上で、医療用および研究目的に限定された「象徴的な濃縮(Token Enrichment)」のみを認めるという、歴史的な譲歩を含むものであった 。
アラグチはこの交渉を「win-winの成果」を目指すものと呼び、トランプ政権に対してワシントン・ポスト紙への寄稿などを通じて直接的な訴えを試みた 。しかし、米側が提示した「濃縮ゼロ」という譲歩不可能なレッドラインに対し、アラグチは国内向けのプロパガンダとして「濃縮の権利は不可侵である」と強弁せざるを得ず、この二重メッセージが結果としてワシントンの不信感を増大させた 。
1.2 IRGCによる外交妨害と「軍事優先」の弊害
アラグチの外交努力は、IRGCの行動によって繰り返し無効化されてきた。2026年2月16日、スイスでの第2回ジュネーブ交渉が開始されるわずか1日前、IRGC海軍はホルムズ海峡において「スマート・コントロール」と称する軍事演習を実施し、商業航路を一時的に閉鎖した 。この軍事行動は、交渉のテーブルにおいてイラン側のレバレッジを高める意図があったとされるが、実際にはアラグチが構築した「建設的な対話」の雰囲気を完全に破壊した。
さらに、IRGCはアラグチの頭越しにロシアとの合同軍事演習をオマーン湾で行うなど、外交チャネルとは独立した独自の軍事外交を展開した 。アラグチは「外交が優先されるべきだ」と訴えたが、IRGCは「2025年6月の戦争でイランは生存した」ことを根拠に、制裁解除よりも軍事的抑止力の誇示が国家生存の鍵であると主張した 。
1.3 アラグチの経済認識と国内での孤立
アラグチは、制裁解除がなければイランの経済は「通常の状況に戻るまでに少なくとも15年かかる」という極めて悲観的かつ現実的な認識を共有していた 。2025年末にリアルが暴落し、インフレ率が60%に達する中で、アラグチは外交を「経済改善のための第2の使命」と位置付けた 。
しかし、このリアリズムは国内の保守強硬派から「敗北主義」として激しく批判された。特に、制裁を回避するための「受託者経済(Trustee Economy)」によって利益を得ていた軍事・経済複合体にとって、透明性を伴う核合意への回帰は死活問題であった 。結果として、アラグチはハメネイの信任を失い、実務的な決定権はラリジャニへと移譲されることとなった。
第2章:アリ・ラリジャニの「危機管理」と強権的リアリズム
2026年初頭、事実上の国家運営者として台頭したのは、最高安全保障委員会(SNSC)事務局長のアリ・ラリジャニであった。ラリジャニは、かつてのIRGC准将としての軍歴と、国会議長を長年務めた政治的経験を背景に、ハメネイから「デイ・ツー・デイ(日々の管理)」の全権を委ねられた 。
2.1 「鄧小平モデル」の追求
ラリジャニが提唱したのは、中国の1989年天安門事件とその後の経済改革をモデルにした「生存戦略」であった。このモデルは、「妥協のない治安維持」と「限定的かつ実務的な経済・外交の柔軟性」を組み合わせたものである 。ラリジャニは、国内の抗議デモを「致命的な強権的力(deadly coercive force)」で鎮圧する一方で、欧米との核交渉を継続し、ロシアや中国との関係を強化することで体制の長期存続を図った 。
| 指標 | ラリジャニの「生存戦略」の内容 |
| 国内治安 | 天安門モデルによる抗議デモの徹底鎮圧、通信遮断 |
| 経済政策 | 受託者経済の制度化、公的資産の民営化(Movaledsazi) |
| 外交政策 | 核問題における実務的譲歩の模索、中露との安全保障協力 |
| 後継問題 | 自身の「危機管理能力」を背景とした指導評議会への関与 |
2.2 「1月の虐殺」の主導と正統性の喪失
2026年1月8日および10日に発生した抗議デモ参加者の大量殺害(推計死者数7,000人から32,000人)において、ラリジャニは鎮圧の「チーフ・アーキテクト(総責任者)」であったと報告されている 。彼は警察、IRGC、バシジ(民兵)を総動員し、実弾やドローンを用いた組織的な掃討作戦を展開した。
この行動により、ラリジャニは「ディープ・ステート」である治安機関からの信頼を勝ち取ったものの、一般市民からは激しい憎悪の対象となった。ラリジャニの娘が米国での教職を解かれるなど、国際的な非難も集中した 。ラリジャニは自身を「イランの救世主」と見なしていたが、その正統性は暴力による抑圧の上にしか成り立っておらず、経済問題という根本的な火種を消すことはできなかった 。
2.3 ラリジャニとアラグチの戦略的乖離
ラリジャニは、アラグチが行っている外交交渉を「時間稼ぎ」および「米国による攻撃を防ぐためのリーク」として利用した。例えば、ラリジャニが国内で経済・社会改革を推し進めているという情報を意図的に欧米メディアに流し、トランプ政権に「イラン内部に穏健な実務派が残っている」と錯覚させようとした 。しかし、実際にはラリジャニは治安維持のために過去最大級の弾圧を行っており、アラグチの「穏健な外交官」というイメージは、ラリジャニの「冷徹な現実主義」を覆い隠すための隠れ蓑に過ぎなかった。
第3章:革命防衛隊(IRGC)と「軍事政権」への傾斜
2025年から2026年にかけてのIRGCの行動は、もはや国家の一機関ではなく、国家そのものを規定する主権者としての性格を強めていた。IRGCは、アラグチの外交もラリジャニの実務的独裁も、組織の既得権益とイデオロギーを脅かすものとして警戒していた。
3.1 「分散型モザイク国防(DMD)」ドクトリン
2026年3月初頭、アラグチ外相はIRGCが過去20年間にわたり研究してきた「分散型モザイク国防(Decentralised Mosaic Defense)」という軍事ドクトリンを公表した 。この戦略は、指揮系統、武器システム、作戦部隊を地理的・組織的に広範に分散させることで、中央が斬首されても、各ノード(節目)が独立して戦闘を継続できるように設計されている。
IRGCは、米国のアフガニスタンやイラクでの失敗を徹底的に研究し、高度なテクノロジーを持つ敵に対しては、戦場を曖昧にし、紛争を長期化させ、敵に政治的・経済的な「耐え難いコスト」を強いることが勝利であると結論付けた 。この思想に基づき、IRGCは核施設を地下深くに再建し、弾道ミサイルのストックを2025年の戦争以前の水準まで回復させた 。
3.2 経済分野への浸透と「制裁依存」
IRGCの権力基盤は軍事力だけではなく、経済力にも依存している。イランに対するSNAPBACK制裁が2025年に再発動されたことで、正規の貿易ルートが閉ざされたことは、IRGC傘下の密輸ネットワークにとっては利益の最大化を意味した 。
| 経済部門 | IRGCの影響力 |
| 石油輸出 | シャドウ・フリート(影の艦隊)による中国への輸出管理 |
| インフラ建設 | Khatam al-Anbiya 建設本部による主要国家プロジェクトの独占 |
| 密輸ルート | ホルムズ海峡および周辺地域での物流支配 |
| 通貨交換 | 外貨割当制度の裁量的操作による「インサイダー利益」の獲得 |
アラグチ外相が目指した「透明性の高い経済関係」は、IRGCにとってはこの「シャドー経済」からの利益を奪うものであり、本質的な対立が生じていた。
3.3 モジュタバ・ハメネイの擁立と後継工作
2026年2月28日の空爆によって最高指導者アリ・ハメネイが死亡した直後、IRGCは速やかにハメネイの次男であるモジュタバ・ハメネイを後継者として指名するように専門家会議(Assembly of Experts)に圧力をかけた 。
IRGCにとってモジュタバは、以下の2点において理想的な指導者であった:
- 継続性と正統性: ハメネイの直系であることで、体制内のハードライナーや治安機関に対して宗教的・政治的な連続性を保証できる 。
- 制御可能性: モジュタバは長年、最高指導者事務所(Beit)を通じてIRGCの幹部ネットワークと密接な関係を築いており、軍事優先の国家運営を保証する存在であった 。
ラリジャニは、自身の「危機管理者」としての実績を背景に暫定指導評議会での主導権を狙っていたが、IRGCはモジュタバを擁立することで、軍部主導の「戦時体制」を固定化しようとした。
第4章:2026年の経済崩壊と社会不安のメカニズム
政治的な権力闘争の背景には、持続不可能なレベルまで悪化した経済状況がある。世界銀行は、イラン経済が2025年および2026年に連続してマイナス成長となり、インフレ率が60%を上回ると予測した 。
4.1 通貨リアルの崩壊と生活コストの衝撃
2024年7月から2025年3月の間にリアルの価値は半分になり、2025年12月には史上最安値を更新した 。政府は、財政赤字を補填するために、2025-2026年度予算案において、生活必需品に対する「優先為替レート(Preferential Foreign Exchange Rates)」の廃止を決定した 。
この決定は「汚職防止の改革」という名目で実施されたが、実際には食料品価格が70%以上上昇するという、低所得層への壊滅的な打撃をもたらした 。この経済的ショックが、2025年12月28日から始まる全国規模の抗議デモの直接的な導火線となった。
4.2 治安機関内の「沈黙の危機」
経済崩壊の波は、体制の番人であるはずの治安機関にも及んでいる。2025年末、警察官が自身の給与(月額約2,300万トマン、約171ドル相当)では生活できず、家族のために自分の腎臓を売ることさえ検討していると訴える動画が拡散した 。
専門家はこれを、治安機関内部の「摩耗(Attrition)」と呼び、体制への忠誠心が物理的な生存の限界によって揺らいでいることを指摘した。ラリジャニは、軍・警察の給与引き上げを優先するよう指示したが、ハイパーインフレの前ではその効果は限定的であり、内部崩壊のリスクが常に漂っていた 。
4.3 「受託者経済」の限界とパートナーの喪失
イラン経済を支えてきた制裁回避スキームも、2026年初頭に大きな壁に突き当たった。長年のパートナーであったベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領が2026年1月に米国によって拘束されたことは、石油とドローンの貿易を通じて制裁を相殺してきたイランにとって巨大な損失であった 。
また、イランの石油の最大の買い手である中国の製油業者が、イランの不透明な情勢を嫌い、ロシア産の原油へとシフトし始めたことも、国家財政の生命線を細らせた 。経済的基盤が崩壊する中で、アラグチの「交渉による解決」か、ラリジャニの「抑圧による維持」か、IRGCの「戦争による生存」かという選択肢は、日を追うごとに過激化していった。
第5章:オペレーション・エピック・フューリー:斬首作戦と権力真空
2026年2月28日、事態は破局を迎えた。米国とイスラエルは、イランの核・ミサイル施設の物理的破壊と、指導部の抹殺を目的とした「オペレーション・エピック・フューリー」を開始した 。
5.1 最高指導者の死と指導部の壊滅
この作戦により、テヘランの最高指導者居住区を含む50以上の主要目標が破壊された 。
| 氏名 | 役職 | 状態 |
| アリ・ハメネイ | 最高指導者 | 死亡(3月1日に国営メディアが公表) |
| アリ・シャムハニ | 指導者顧問(前SNSC事務局長) | 死亡 |
| アズィズ・ナシールザーデ | 国防軍需大臣 | 死亡 |
| ムハンマド・パクプール | IRGC陸軍司令官 | 死亡 |
| アブドルラヒム・ムーサヴィー | 軍総司令官 | 死亡 |
| マフムード・アフマディーネジャード | 元大統領 | 死亡 |
この大規模な指導部喪失により、イランの軍・政府機関は一時的に「パニックと麻痺」の状態に陥った。外交を担当していたアラグチ外相は生存し、損失を「大きな問題ではない」と強弁したが、実際にはイランの公式な指揮系統は崩壊し、個別の軍事ユニットが「古い一般命令」に従って独自に反撃を開始するという無秩序な状態となった 。
5.2 暫定指導評議会の発足
憲法111条に基づき、最高指導者の職務を代行する「暫定指導評議会」が3月1日に発足した 。
- マスード・ペゼシュキアン: 大統領(改革派・心臓外科医)。外交による沈静化を主張 。
- ゴラム・ホセイン・モフセニ・エジェイ: 司法府代表(超保守派)。「暴徒」への厳罰を主張 。
- アリレザ・アラフィ: ガーディアン評議会メンバー(硬骨の法学者)。宗教的イデオロギーの守護を重視 。
この3名の顔ぶれは、思想的に極めて分裂しており、米国との再交渉や戦時対応について合意を形成することが不可能に近い状況であった 。このため、評議会メンバーではないものの、SNSC事務局長として実務を握り続けていたアリ・ラリジャニが「事実上の(de facto)国家元首」として機能し続けた 。
5.3 ラリジャニの「事実上の指導権」とIRGCとの軋轢
ラリジャニは、自身がハメネイから委託されていた「危機管理」の継続性を主張し、経済の完全崩壊を防ぐためにトランプ政権との秘密裏の接触を維持しようとした 。ドイツやイスラエルのメディアは、ラリジャニが3月1日時点で実権を掌握しており、モハンマド・モフベル(元第一副大統領)との「二人政治(Duumvirate)」を開始したと報じた 。
しかし、IRGCはハメネイを殺害した米国との対話そのものを裏切りと見なし、前述のようにモジュタバ・ハメネイを最高指導者に即刻任命するように画策した 。アラグチ外相は、この二つの陣営の間で揺れ動きながらも、「戦時下の外交」という不可能な任務を継続し、国際社会に対して「イランのシステムには行き詰まり(deadlock)はない」と強弁し続けた 。
第6章:アラグチ、ラリジャニ、IRGCの戦時対立構造の再定義
最高指導者殺害後の混乱期において、三者の対立は「戦術的協力」と「戦略的敵対」が入り混じる極めて複雑なものへと変化した。
6.1 アラグチの「継続性」と国際的信用失墜
アラグチは、ハメネイの死後も「外交は生きている」ことを証明しようと、カタールやエジプトの外相と頻繁に連絡を取り合った 。彼は、米国が「計算違い(miscalculation)」を犯したと批判しつつ、依然として交渉の扉を開けておくポーズを見せた。
しかし、IRGCがホルムズ海峡の封鎖を示唆し、キプロスの米軍拠点へのミサイル攻撃を予告する中で、アラグチの「平和的解決」の言葉は国際社会に響かなくなっていた 。米国当局者は、アラグチに実質的な決定権がないことを見抜き、交渉チャネルはラリジャニ、あるいはIRGCの背後にいる新指導部に直接向けられるべきだと判断した 。
6.2 ラリジャニの「秩序維持」と軍部への懐疑
ラリジャニは、治安部隊を総動員してテヘランからの避難命令や学校の閉鎖を命じ、国内の混乱を最小限に抑えようとした 。彼は、イランが「消耗戦(War of Attrition)」に突入したことを認め、米国とイスラエルに対して「紛争を継続すれば政治的・経済的コストが耐えられないほど上昇する」というメッセージを発信した 。
ラリジャニの狙いは、軍事的な痛みを適度に与えつつ、トランプ政権を「現実的な取引」に引き戻すことであった。しかし、IRGCは「復讐(Qisas)」こそが唯一の正義であるとし、ラリジャニの「打算的な均衡」を弱腰と見なした 。ラリジャニは自身がIRGC元高官であることを利用して軍部を統制しようとしたが、ハメネイという重しが外れたIRGCは、もはや政治家のコントロールを受け入れるつもりはなかった。
6.3 IRGCの「モジュタバ擁立」によるクーデター的成功
3月4日、IRGCの圧力によってモジュタバ・ハメネイが新最高指導者に選出されたことは、事実上の軍事クーデターに近いものであった 。IRGCは、戦時下における「迅速な意思決定」と「治安部隊の統合」を最優先事項とし、憲法上の手続きを無視してでもモジュタバに全権を集中させた。
これにより、アラグチが積み上げてきた外交条件や、ラリジャニが描いていた「限定的改革」の青写真は、モジュタバとIRGCの意向次第ですべて白紙に戻されるリスクが生じた。モジュタバは、父の遺産を「一日のうちに(in a single afternoon)」解体して米国と妥協するか、それとも壊滅的な消耗戦を継続するかという、イラン史上最も過酷な二択を迫られることとなった 。
第7章:リアル崩壊と「受託者経済」の終焉:データに見る崩壊
イランの内部対立を加速させているのは、以下の経済指標が示す絶望的な状況である。
7.1 経済指標の推移(2024年-2026年予測)
| 指標 | 2024年実績 | 2025年実績/推計 | 2026年予測 |
| 通貨リアル価値(対USD) | 基準100 | 50%下落 | 史上最安値更新 |
| 年間インフレ率 | 40% | 50% | 60% |
| GDP成長率 | 緩やかな成長 | 収縮(マイナス) | さらなる収縮 |
| 石油輸出量(対中国) | 安定 | 年末に急減 | 持続的な減少 |
7.2 リアル経済の崩壊メカニズム
経済学者ラグファルなどの分析によれば、イラン政府は財政赤字を埋めるために通貨供給を増やし、それがさらなるインフレを招くという「死のスパイラル」に陥っている 。また、政府が公的なサービスを民営化し、債務を資産(公的資産)で返済する「生産的使用(Movaledsazi)」スキームは、結局のところIRGC系列の企業に国家資産を譲渡する結果となり、一般市民の利益には結びついていない 。
この経済的不正義が、アラグチのようなエリート外交官と、生活苦にあえぐ警察官・兵士・一般市民との間の「致命的な断絶」を生んでいる。ラリジャニが追求した「鄧小平モデル」が失敗した最大の理由は、中国のような高い経済成長という「アメ」を提供できず、軍事的な「ムチ」だけで社会を統制しようとした点にある。
第8章:結論:イラン・イスラム共和国の行方
2026年3月初頭の時点で、イランはもはや単一の意志を持つ国家ではない。それは、生存のために外交を切り売りするアラグチ、実務的な独裁によって秩序を死守しようとするラリジャニ、そして戦時下の軍事支配を盤石にしようとするIRGCとモジュタバ・ハメネイという、互いに異なる「生存」を定義する三つの勢力の戦場となっている。
8.1 今後のシナリオ
- 軍事政権の恒久化(Junta Scenario):モジュタバ・ハメネイを象徴としつつ、実質的にはIRGCの将軍たちが国家を運営するモデル。外交交渉を拒否し、分散型国防ドクトリンに基づいて核武装とゲリラ的抵抗を継続する。国民の支持はないが、圧倒的な暴力装置によって体制を維持する。
- ラリジャニによる「冷たい平和」の模索:IRGCとの権力闘争にラリジャニが勝利し、米国との間で「核の完全放棄」を条件にした大規模な経済支援を取り付けるシナリオ。しかし、これはIRGCの解体という内戦に近い状況を伴うため、実現可能性は極めて低い。
- 国家の崩壊と内戦:経済崩壊が治安機関の離反を招き、国内の抗議デモが武装化するシナリオ。中央政府の弱体化に乗じて、クルド人やバルーチ人などの少数民族が分離独立に動き、イランが「地域的な権力の空白」へと転落する。
8.2 政策的示唆
国際社会は、アラグチ外相のような「穏健な顔」を持つ交渉者が、もはやイラン内部の決定を左右する力を持っていないことを認識すべきである。決定権は、ラリジャニのような危機管理者と、モジュタバ・ハメネイを擁立したIRGCの軍部へと完全に移行している。
イランの「分散型モザイク国防」ドクトリンは、中央指導部の死を前提とした戦い方を想定している。したがって、ハメネイの死は体制の終焉ではなく、より予測困難で、より暴力的な「第2フェーズ」の始まりを意味する。リアル経済の崩壊が臨界点に達する中で、新指導部が国内の不満を外敵へと向けるためにさらなる軍事挑発を行うリスクは、かつてないほど高まっている。
アッバス・アラグチがかつて警告した通り、経済が正常化するまでに15年かかるという現実は、現在のイランの指導層が享受できる時間軸を遥かに超えている。イラン・イスラム共和国は、その歴史上最も危険な「戦時継承」の真っ只中にあり、その結末は中東全域の秩序を根本から作り変えることになるだろう。