fl0wr00t Report 3月号:ユーラシア発火
序論:エピック・フューリー作戦と中東秩序の不可逆的崩壊
2026年2月末、中東およびユーラシア大陸の地政学的均衡は、劇的かつ不可逆的な転換点を迎えた。米国とイスラエルによる対イラン大規模軍事作戦「エピック・フューリー作戦(Operation Epic Fury)」の発動は、単なる特定国家への懲罰的攻撃や二国間紛争の枠組みを超越力し、世界経済と広域安全保障の構造を根底から揺るがす事態を引き起こしている 。この作戦の核心的目標であったテヘランに対する「斬首作戦」は、イラン最高指導者アリ・ハメネイ師の暗殺という戦術的次元での決定的な成功を収めた。しかしながら、この戦術的勝利がもたらした戦略的帰結は、広大な領域における「圧倒的な権力の真空」の創出と、それに伴う「ポスト戦争期の無秩序(Post-War Disorder)」の現出であった 。
最高指導者の喪失は、1979年のイスラム革命以降、イランという国家を統合してきた神学的正統性の解体を意味する。事態は中東という地理的境界を越え、隣接する南アジア・中央アジアを巻き込む構造的再編へと発展している。本報告では、2026年3月時点における最新の地政学的動態に基づき、イラン国内の権力構造のプレトリアン(軍事独裁)化、パキスタン・アフガニスタン戦争との間で連動して発生した「相関危機」、イラクを中心とするシーア派世界内部における神学的・政治的断層、そして認知空間で展開される情報戦とマクロ経済への波及効果について、網羅的かつ多角的な分析を展開する。
イラン国内権力構造の地殻変動:神権政治から「プレトリアン国家」への移行
アリ・ハメネイ暗殺による権力の真空と正統性の危機
アリ・ハメネイ師の死は、イランの統治原理である「法学者の統治(Velayat-e Faqih)」システムそのものの機能不全を招いた。シーア派イスラム教の最高位法学者が国家の全権を掌握するというこのシステムは、宗教的権威と政治権力の完全な一致を前提としている。斬首作戦の予期せぬ成功により、後継者の選定プロセスを司る専門家会議が正常に機能する前に最高権力者が消失したことで、イランの国家機構は瞬時に巨大な権力の真空状態に陥った 。この真空を埋めるべく急速に台頭したのは、正統な宗教的プロセスを経た法学者ではなく、武力を背景とした新体制であった。
モジタバ・ハメネイ体制の成立と「ハビブ・ネットワーク」の掌握
この未曾有の危機において権力を掌握したのは、前最高指導者の次男であるモジタバ・ハメネイである 。モジタバの台頭は、宗教的権威に基づく選出ではなく、「戦時継承(Wartime Succession)」という非常事態を逆手にとった軍部主導の世襲体制の確立を意味している 。
彼が権力基盤を強固なものとし得た最大の要因は、イスラム革命防衛隊(IRGC)内部に構築されていた「ハビブ・ネットワーク(Habib Network)」と呼ばれる若手将校網を完全に掌握したことにある 。このネットワークは、イラン・イラク戦争時代を経験した旧世代のイデオロギー重視の幹部とは異なり、現代の非対称戦、サイバー戦、およびドローン運用に長けた実戦的で急進的な次世代の軍人たちによって構成されている。モジタバはこのハビブ・ネットワークを自身の親衛隊として機能させることで、軍部首脳陣に対する絶対的な影響力を確保し、事実上のクーデターに近い形で国家の意思決定機構をハイジャックすることに成功した 。
革命防衛隊の「国家内国家」化とハタム・アル=アンビヤを通じた経済支配
この権力移行に伴い、イランの国家形態は正統な神権国家から、軍部が政治・経済を完全に支配する「プレトリアン国家(Praetorian State)」、すなわち軍事独裁体制へと決定的な変質を遂げた 。プレトリアニズム(軍閥主義)の確立を構造的に支えているのが、IRGCの傘下に存在する巨大経済コングロマリット「ハタム・アル=アンビヤ(Khatam al-Anbiya)」である 。
ハタム・アル=アンビヤは、インフラ建設、エネルギー開発、通信、金融、密輸ルートの管理に至るまでイラン経済の主要部門を独占しており、その経済規模はイランの国家予算そのものを凌駕する水準に達している。この巨大な経済帝国がIRGCの独立した資金源として機能しているため、議会や政府によるシビリアン・コントロール(文民統制)は完全に形骸化し、虚無化している 。実質的にIRGCは「国家内国家(State within a State)」としての地位を確固たるものとしており、イランという国家の生存戦略は、IRGCという一軍事組織の生存・権益維持のロジックと完全に同化するに至っている 。
| 比較項目 | 旧体制(アリ・ハメネイ体制) | 新体制(モジタバ・ハメネイ体制) |
| 統治の正当性 | 法学者の統治(Velayat-e Faqih)に基づく神学的権威 | 戦時継承に基づく世襲と軍事力(武力による事実上の支配) |
| 国家の形態 | 神権政治(Theocracy) | プレトリアン国家(Praetorian State / 軍事独裁) |
| 権力基盤 | 保守派聖職者層と革命防衛隊の均衡 | ハビブ・ネットワーク(若手将校網)の直接統制 |
| 経済構造 | 国家経済とハタム・アル=アンビヤの並存 | ハタム・アル=アンビヤによる国家経済の完全な従属化 |
| 文民統制 | 宗教指導者による軍の統制(名目上のシビリアン・コントロール) | 完全に形骸化。軍が国家の意思決定を主導する「国家内国家」 |
戦術的転換:「モザイク防衛」とZ世代のレジスタンス
外部からの極限的な軍事圧力に対抗するため、モジタバ体制下のIRGCおよびイラン正規軍は、中央集権的な指揮系統の喪失を逆手にとり、「モザイク防衛(Mosaic Defense)」戦略へと移行している 。この戦略は、各地域の司令官や部隊に大幅な戦術的裁量を付与し、自律的なゲリラ戦、非対称な遅滞戦術、および分散型のドローン攻撃を展開するものである 。モザイク防衛の結果、米・イスラエル側は明確な軍事目標を喪失し、出口戦略を描けないまま、長期的な消耗戦の泥沼に引きずり込まれる事態となっている 。
さらに、新体制は国内においても深刻な不安定化に直面している。イデオロギー的な束縛を嫌悪し、長期化する経済的困窮に反発する「Z世代(Gen Z)」を中心とした広範な国内レジスタンスが激化しており、プレトリアン体制はこれに対して苛烈な弾圧を行わざるを得ない 。体制の求心力を維持し、外部の介入を抑止するための最終手段として、新体制は核開発(Nuclear drive)への衝動をこれまで以上に加速させており、これが中東地域における究極の地政学的時限爆弾として機能している 。
ユーラシア大陸における相関危機:パキスタン・アフガニスタン戦争との戦略的交錯
2026年のイラン危機を単なる中東の地域紛争から、かつてない規模のユーラシア広域災害へと押し上げている最大の要因は、イラン情勢と全く同調して隣接地域で発生した別の戦争の存在である。金融市場において独立した複数の資産が同時多発的に暴落する現象になぞらえ、この事態は「相関危機(Correlation Crisis)」と形容されている 。
ガザブ・リル・ハク作戦とエピック・フューリー作戦の同期
2026年2月27日、パキスタン政府はアフガニスタンのタリバン政権に対する全面戦争「ガザブ・リル・ハク作戦(Operation Ghazab Lil Haq:正義の怒り)」を発動した 。パキスタン軍は、それまでの限定的な越境攻撃から方針を劇的に転換し、カブールやカンダハルといったタリバン政権の政治的中枢、さらには第205軍団の拠点やドローン貯蔵施設などの戦略的軍事インフラに対する直接的かつ大規模な空爆へと踏み切った 。これに対し、タリバン側も正規戦ではなく非対称戦術を駆使し、パキスタンのヌール・ハーン空軍基地(Noor Khan Air Base)などの重要戦略拠点に対するドローン攻撃による報復を直ちに展開している 。
このパキスタンの対アフガニスタン開戦からわずか数時間後というタイミングで、2月28日早朝に米国とイスラエルによる対イラン「エピック・フューリー作戦」が開始された 。全く独立した動機で開始されたはずの二つの大規模軍事作戦が、時間的・空間的に完全に交錯したことで、ユーラシア全域の安全保障アーキテクチャは連鎖的な崩壊を起こした。
| 作戦名称 | 発動時期 | 主導アクター | 標的アクター | 戦略的目標と主要な戦術行動 |
| ガザブ・リル・ハク作戦 | 2026年2月27日 | パキスタン軍 | アフガニスタン(タリバン政権) | カブール・カンダハルの中枢破壊、第205軍団やドローン施設の解体によるタリバンの軍事能力の無力化 |
| エピック・フューリー作戦 | 2026年2月28日早朝 | 米国・イスラエル | イラン(国家指導部およびIRGC) | アリ・ハメネイ最高指導者の暗殺(斬首作戦)、国家指揮系統の中枢破壊と体制の無力化 |
バローチスタン・カオス:900キロの国境線における権力の真空
これら二つの戦争が物理的・地理的に交差する最大のホットスポットが、イランのシスタン・バルチェスタン州とパキスタンのバローチスタン州を隔てる約900キロメートルに及ぶ国境地帯である 。この国境は歴史的に多孔的(porous)であり、密輸業者や武装勢力が頻繁に往来してきたが、両国の首都(テヘランとイスラマバード)が同時に未曾有の戦争状態に突入し、中央の統治・治安維持能力が急激に低下したことで、この地域には巨大な「権力の真空」が生じた 。現在、この国境地帯は極限の無秩序状態、すなわち「バローチスタン・カオス」に陥っている。
人民抵抗戦線(PRF)の結成と非国家アクターの台頭
この権力の真空を最大の好機と捉え、急速に勢力を拡大しているのが非国家武装ネットワークである。2025年12月の段階で、スンニ派武装組織「ジャイシュ・アル=アドル(Jaish al-Adl)」は他のバローチ分離独立派グループと統合し、「人民抵抗戦線(People’s Resistance Front:PRF)」を秘密裏に立ち上げていた 。
PRFの戦略的目標は単なる分離独立にとどまらず、イランの「法学者の統治(Velayat-e Faqih)」体制そのものを打倒することを明確に掲げている 。彼らの戦術の特筆すべき点は、バローチ人という単一民族のナショナリズムに留まらず、クルド人、アラブ人、トルクメン人など、イラン国内で抑圧されてきた他の少数民族に対しても反政府運動への合流を広く呼びかけていることである 。エピック・フューリー作戦によってイラン軍の指揮系統が麻痺したことで、PRFは国境を越えた巨大な武装ネットワークとして機能し始め、イラン・パキスタン両国の治安部隊に対してゲリラ戦を展開している。
トランプ政権の戦略的誤算と核保有国パキスタンの三正面作戦
この広域にわたる「相関危機」は、米国のトランプ政権による重大かつ致命的な「戦略的誤算(strategic miscalculation)」を浮き彫りにしている 。米国政府は、エピック・フューリー作戦を通じてイランを決定的に包囲し、孤立化させることを意図していた。しかし、パキスタンとアフガニスタンの戦争が同時に勃発したことで、イラン・パキスタン国境の混乱が非国家アクターに付け入る隙を与え、結果としてパキスタンという「核保有国」の国家体制そのものを致命的な不安定化の危機に晒すこととなった 。
現在のパキスタンは、建国以来かつてない過酷な「三正面作戦(three-front war)」を強いられている 。第一の戦線はデュアランド・ライン(アフガニスタン国境)におけるタリバンとの正規・非対称のハイブリッド戦、第二の戦線はバローチスタン州(イラン国境)における分離主義勢力(PRFなど)とのゲリラ戦、そして第三の戦線が国内における深刻な宗派間対立と政治的混乱である 。核のボタンを持つパキスタン国家の不安定化は、米国主導の対イラン包囲網にとって最大の「致命的リスク(fatal risk)」であり、ユーラシアのパワーバランスを崩壊させるトリガーとなっている。
さらに、この連動複合危機が引き起こした人道被害は言語を絶する規模に達している。交戦が激化するデュアランド・ライン付近を中心に、アフガニスタン側で約11万5,000人、パキスタン側で約3,000人の国内避難民(IDP)が短期間のうちに発生しており、民間人の高い犠牲率が国際機関によって報告されている 。
シーア派世界における神学的・政治的断層:イラク・ナジャフの戦略的自制
イランの斬首作戦と統治機構崩壊の危機は、国境を接する隣国イラクにおける宗派的・政治的ダイナミクスにも決定的な影響を及ぼした。ここで特筆すべきは、イラクに基盤を置く親イラン民兵組織(PMF:人民動員隊)の暴走を食い止め、イラク国家が戦争の泥沼に引きずり込まれるのを防いだ、ナジャフ(イラク)の神学権威による戦略的介入である 。
大アーヤトッラー・シスターニーの「沈黙の警告」と偽情報の無力化
ハメネイ師暗殺直後の2026年3月初旬、イラク国内の急進的なPMF系民兵組織は、民衆の宗教的感情を煽り立て、イラク全土を武装化させる目的で大規模な情報操作を行った。彼らは、シーア派の最高権威の一人である大アーヤトッラー・アリ・アル=シスターニー師(ナジャフ)が、米軍やイスラエルに対する「ジハード(聖戦)」を呼びかけるファトワ(宗教的見解)を発令したという偽情報(ディスインフォメーション)を組織的に流布したのである 。彼らの狙いは、イラクの国土を米・イスラエルに対する報復戦の最前線基地として利用することにあった。
しかし、2026年3月4日、シスターニー師の事務所は極めて高度な政治的計算に基づく公式声明を発表し、この危機に対応した。この声明は、イラン国民に対する米イスラエルの軍事作戦を「不当な戦争(unjust war)」や「侵略(aggression)」として非難するという最低限の同胞的連帯を示しつつも、武力闘争、越境動員、あるいは暴力的報復への呼びかけを「意図的に完全に除外」していた 。シスターニー師は声明の「行間(space between the lines)」を通じて、民兵組織に対して最大限の自制を求め、彼らが独立した軍閥としてではなく、イラクの公式な国家指揮系統に服従することを暗黙のうちに、しかし強く要求したのである。これが後に「沈黙の警告(Silent Warning)」と呼ばれる介入である 。
さらに、この声明は国際法に基づいた「公正かつ平和的な解決」を訴えることで、民兵組織が報復戦争を正当化するために喉から手が出るほど必要としていた神学的な大義名分を完全に剥奪した 。シスターニー師のこの絶妙なバランス感覚により、イラクは辛うじて全面戦争の戦場への転落を免れることができた。
ナジャフの「静寂主義」対ゴムの「法学者の統治」:教理的対立の顕在化
このイラクにおける民兵組織とナジャフの対立は、単なる政治路線の違いではなく、数世紀にわたってシーア派内部に存在する神学的・イデオロギー的な大断層に根ざしている。それは、「イラクのナジャフ」と「イランのゴム」という二大宗教都市が掲げる教理の決定的な違いである 。
| 神学的・思想的基盤の比較 | イラク・ナジャフ(大アーヤトッラー・シスターニー師) | イラン・ゴム(旧ハメネイ体制・親イラン民兵組織) |
| 中核的イデオロギー | 静寂主義(Quietism) | 法学者の統治(Wilayat al-Faqih / Absolute Guardianship) |
| 宗教と政治の境界 | 宗教的権威と直接的な政治的統治の明確な分離を主張。法学者の役割は倫理的指導、社会的福祉、国家存亡の危機における限定的介入に留まるべきとする 。 | 宗教指導者(最高位法学者)が絶対的な政治的・宗教的権力(絶対的後見)を掌握し、国家機構を直接統治することを主張する 。 |
| 国家観と国際秩序 | 近代的な「国民国家(nation-state)」の枠組みと民主的プロセスを尊重する。多民族・多宗教国家であるイラクの安定と主権を最優先する 。 | 「抵抗の枢軸(Axis of Resistance)」を通じたイデオロギーの拡張を重視。「イスラム体制」の防衛と輸出のための越境的な武力動員や攻撃的ジハードを正当化する 。 |
| 社会体制へのアプローチ | イラクの多様な宗教的・民族的状況において、イラン型の硬直した神権統治システムを導入することは不適切であり、社会の分断を招くとみなす 。 | 絶対的な神学基準による国家および社会の厳格な統制を志向する。 |
シスターニー師が体現するナジャフの「静寂主義」は、第12代イマーム(救世主マフディー)の「隠れ身(Occultation)」の時代においては、人間が地上で完全な正義(神権的完成)を実現することは教理上不可能であるという、極めてプラグマティックな「政治的リアリズム(Political Realism)」に基づいている 。したがって、宗教指導者の第一の責務はイデオロギーの拡大ではなく、市民の平和維持と国家主権の擁護にあるとする立場をとる 。
イラク国家主権の擁護と最高権威としてのシスターニーの緩衝機能
エピック・フューリー作戦によるハメネイ師の暗殺とイランの指揮系統の崩壊により、中東におけるシーア派ネットワークの「安全保障アーキテクチャ」には予測不能なパラダイムシフトが生じた。ハメネイ師という最大のイデオロギー的競争者であり、同時に民兵たちのパトロンであった人物を失ったことで、シスターニー師は現在、世界のシーア派社会において「議論の余地のない最高位の聖職者(undisputed senior cleric)」としての絶対的な地位を確立した 。
現在、シスターニー師の存在自体が、イランという後盾と統制者を失って暴走(rampage)しかねない武装民兵組織を束ね、イラク国家が内戦状態に陥って完全に崩壊するのを防ぐための唯一の戦略的「緩衝材(buffer)」として機能している 。しかしながら、シスターニー師は非常に高齢であり、この属人的な緩衝機能がいつまで維持されるかは極めて不透明である。仮にナジャフの権威に空白が生じれば、抑え込まれていたイラク国内の民兵組織が完全に独立した軍閥として活動を開始し、新たな無秩序の震源地となるリスクが内在している。
認知空間と情報戦:ゲーム理論、自己成就的予言、そしてプロパガンダの衝突
2026年イラン戦争の極めて現代的な特徴は、ミサイルやドローンが飛び交う物理的な破壊活動と並行して、人間の認知空間と外交空間を巡る高度な情報戦(Information Warfare)が前例のない規模と洗練度で同時進行している点にある 。
「エゼキエル書」の呪縛:冷戦パラダイムの復活と宗教的予言の地政学化
この紛争における特筆すべき、そして最も危険な現象の一つとして、旧約聖書の「エゼキエル書」に記された終末論的な予言(特に「ゴグとマゴグ」の戦い)を、現代のイラン対イスラエル紛争に直接当てはめようとするナラティブの急速な再燃が挙げられる 。冷戦期において、西側のキリスト教右派や強硬な保守派の一部は「ソ連=ゴグ」という図式を用いて世界情勢を宗教的に解釈しようと試みたが、この理論はソ連の崩壊とともに歴史的失敗に終わった 。
しかし2026年の複合危機において、この予言的フレーミングが装いも新たに蘇り、今回は「イランおよびその同盟ネットワーク=ゴグ」として認識論的枠組みの核に組み込まれている。地政学的・外交的視点から見れば、このような宗教的予言の政治的・軍事的な利用は極めて有害である。なぜなら、国家間の利益調整や妥協点を探る「外交」の余地を根底から否定し、紛争を「絶対善と絶対悪の最終戦争」へと昇華させてしまうからである。これは、アクターが予言のシナリオに合わせて自らの行動をエスカレートさせる「自己成就的予言(self-fulfilling prophecies)」として機能し、地政学リスクを制御不能なレベルにまで増大させ、紛争の終結を事実上不可能にするメカニズムを生み出している 。
自作自演疑惑と情報戦のゲーム理論的分析:ラボン事件から現代へ
さらに、イスラエル国家およびシオニズム運動を巡る情報戦も熾烈を極めている。この対立構造は、単なるメディア報道の偏向といった次元を超え、ゲーム理論的アプローチを用いた国家主導の高度な心理戦の様相を呈している 。
過去の「ラボン事件(Lavon Affair:1950年代にエジプトでイスラエル諜報機関が西側施設を攻撃し、エジプトの仕業に見せかけようとした偽装工作事件)」に代表されるような、国家主体による「自作自演(false flag)」の疑惑が、SNSや代替メディアを通じて瞬時に拡散され、相手国の国際的信用を失墜させるための強力な非対称兵器として利用されている 。情報空間においては、真実性よりも「ナラティブの拡散速度」と「感情への訴求力」が優位に立つため、偽旗作戦の告発は、それが事実であるか否かにかかわらず、相手陣営の外交的足場を崩す効果を持つ。
ナラティブの覇権争い:「ハスバラ」対「パリウッド」
情報空間におけるナラティブの覇権争いは、完全に制度化されたプロパガンダ戦へと発展している。
| 情報戦の形態 | 主な主体と目的 | 戦術と特徴 |
| ハスバラ(Hasbara) | イスラエル政府および親イスラエル機関。国家の軍事行動の正当性と自衛の権利を国際社会に説明・擁護することを目的とする 。 | 公式発表、歴史的文脈の強調、テロリズムの脅威の可視化。洗練された広報外交を通じた西側諸国における政策的正当性の確保。 |
| パリウッド(Pallywood) | パレスチナおよび親イラン・プロキシ側(とイスラエル側から批判的に呼称される概念)。被害を強調し、国際社会の同情を引くための宣伝工作を指す 。 | 民間人の被害状況の視覚的強調、感情的な映像の拡散、SNSを活用した草の根的な国際世論の動員。時として映像の演出や誇張が指摘される。 |
このように、「ハスバラ」と「パリウッド」という相反する情報キャンペーンが、物理空間における軍事衝突と完全に同期して展開されている 。この終わりのない情報戦は、各国の世論を極端に二極化させ、事態の収拾を図るための国際的な合意形成や停戦交渉を著しく阻害する構造的要因となっている。
グローバル経済とマクロ地政学的展望:次期5年のシナリオ分析
イラン国内の権力移行、国境地帯の無秩序、情報戦のエスカレーションは、地域紛争の枠を完全に越え、グローバル経済に対する不可逆的な「壊滅的打撃(catastrophic strike/impact)」をもたらしている。本報告の結びとして、エドワード・ルトワック(Luttwak)の逆説的戦略論、ジョン・ミアシャイマー(Mearsheimer)の攻撃的リアリズム、そしてジャック・アタリ(Attali)の巨視的歴史観という三つの理論的視座から、2026年以降の次期5年間を俯瞰するシナリオ分析を提示する 。
ホルムズ海峡封鎖の脅威とグローバル・サプライチェーンの「グレート・リセット」
エピック・フューリー作戦によって生じた地政学的ショックの最大の焦点は、世界のエネルギー供給の心臓部であるホルムズ海峡の封鎖リスクである 。モザイク防衛戦略を採用し、米軍との正規軍同士の正面衝突を避けるイラン側(モジタバ体制下のプレトリアン国家)にとって、機雷敷設、沿岸対艦ミサイル、そして非対称な自爆ドローン群による民間タンカーへの継続的な脅威供与は、海峡を機能不全に陥れるための最も費用対効果の高い報復手段となる。
ホルムズ海峡の事実上の閉鎖、あるいは通航リスクの極端な上昇は、グローバル・サプライチェーンの分断とエネルギー価格の壊滅的な高騰を引き起こし、既存の国際経済秩序を強制的に解体・再構築する「グレート・リセット(Great Reset)」の引き金になると深く危惧されている 。
3つの地政学的視座からの分析
- ルトワック的視座(戦略の逆説の顕現): 戦略の領域において「成功は自らのうちに失敗の種を宿す」というルトワックの逆説論は、今回の危機に完璧に当てはまる。米・イスラエルによる斬首作戦の劇的な成功(戦術的勝利)が、皮肉にもイランの中央指揮系統を破壊し、統制の取れない無数のゲリラ的脅威(モザイク防衛)を生み出した。これにより、米・イスラエルは自らの安全保障環境をかえって悪化させた。紛争は短期決戦による体制転換を意図していたにもかかわらず、相手側が自律的な非対称戦にシフトしたことで、出口のない泥沼の長期戦へと変貌を遂げたのである 。
- ミアシャイマー的視座(大国間競争と権力の真空を巡る争奪): 攻撃的リアリズムの観点からは、中東・ユーラシアにおける米国の軍事的関与が深まる一方で、パキスタンという核保有国の不安定化やイランの権力の真空が生じたことは、覇権国間のパワーバランスを大きく揺るがす事態である。この真空状況は、ロシアや中国といった修正主義的傾向を持つ大国に対し、この空白地帯に介入し、米国主導の秩序形成を妨害、あるいは自国の影響圏(エネルギー権益へのアクセスや一帯一路構想の再編など)を拡大するための絶好の戦略的機会を提供することになる 。
- アタリ的視座(非国家主体の台頭と遊牧的暴力の時代): アタリの巨視的歴史観に従えば、国境というウェストファリア的な固定された国家単位の概念が融解しつつある過程として現在の危機を捉えることができる。PRF(人民抵抗戦線)の急速な台頭やバローチスタンにおける900キロに及ぶ無秩序に見られるように、固定された領土の防衛に縛られず、サイバー空間と越境的な物理空間を自在に移動する「ノマド的(遊牧民的)」な武装勢力やネットワークが、正規軍と同等かそれ以上の地政学的影響力を持つ時代への完全な移行を示している 。
2026年のエピック・フューリー作戦に端を発する連動複合危機は、明確な覇権国が存在せず、複数の国家間紛争と非国家アクターによる内戦が重層的に進行する「無秩序の常態化」のフェーズへと世界を突入させた。各国は、従来の単一国家に対する抑止力モデルを早急に見直し、多次元的かつ非対称的なリスクに対処するための新たな安全保障アーキテクチャの構築を迫られている。