現代民主主義の存立基盤と陰謀論の脅威:ユルゲン・ハバーマスの理論的枠組みによる分析と処方箋
序論:認識論的危機と民主主義の再構築に向けて
現代の自由民主主義は、単なる政治的・経済的な変動を超えた、深刻な「認識論的危機」の只中にある。デジタル・プラットフォームの台頭、アルゴリズムによる情報の最適化、そして何より偽情報と「陰謀論(Conspiracy Theories)」の爆発的な拡散は、社会を構成する市民間の共通の現実基盤を根本から切り崩している。こうした危機的状況において、民主主義の正統性とその存立の条件を再考するためには、フランクフルト学派第二世代を代表する哲学者・社会学者であるユルゲン・ハバーマス(Jürgen Habermas)の理論的枠組みが極めて有効な分析視座を提供する。
初期のフランクフルト学派(マックス・ホルクハイマーやテオドール・アドルノなど)が、啓蒙の理性が最終的に道具的理性を通じた管理社会(支配)へと帰結するという悲観的な見解を示したのに対し、ハバーマスは「コミュニケーション的転回(Communicative Turn)」を主導し、近代の未完のプロジェクトとしての解放の可能性を言語の語用論的構造の中に見出した。ハバーマスによれば、民主主義の正統性は、国家の強制力や単なる多数決の集計メカニズムに由来するのではなく、自由で平等な市民による理性的で徹底的な議論のプロセスという認識論的・コミュニケーション的な達成によってのみ担保される。
本報告書は、ハバーマスの巨大な理論体系の中から現代社会において特に重要となる3つの中核概念を抽出し、それらを分析のレンズとして用いることで、陰謀論が「何」に対して明確に牙を剥き、どのようなメカニズムで民主主義の存立基盤そのものを破壊するのかを徹底的に解明する。さらに、デジタル化によって生じた「疑似公共圏」の病理を分析し、ハバーマス理論の実践的応用である「ミニ・パブリックス(熟議の制度化)」が、この認識論的危機に対抗するための有効な処方箋となり得ることを論証する。
現代に必要なハバーマスの主張:3つの中核概念
現代社会の病理を解剖し、民主主義のレジリエンス(回復力)を設計する上で、ハバーマスの理論は以下の3つの中核概念に集約される。これらは独立した概念ではなく、民主主義というシステムを稼働させるための「空間」「原動力」、そして「正統性の担保」として相互に深く連関している。
公共圏(Public Sphere)
公共圏(Öffentlichkeit)とは、身分や権力に関係なく、自由で対等な市民が集まり、共通の課題について理性的な議論(討議)を行い、世論を形成する社会的空間のことである。1962年の著書『公共性の構造転換』においてハバーマスが歴史的に跡付けたように、この概念は18世紀ヨーロッパのブルジョワ社会におけるサロンやコーヒーハウス、読書会といった空間に起源を持つ。
規範的な理想としての公共圏においては、参加者の社会的地位、経済的富、権力といった要素は括弧に入れられ、討議の場における唯一の通貨は「理性的な批判的論証」となる。公共圏は、国家(行政システム)と私的領域(家族や市場経済)の中間に位置し、私的な生活世界(Lifeworld)から持ち寄られた経験や課題を公共の関心事として翻訳し、熟慮された世論(Public Opinion)へと練り上げるための不可欠なインフラストラクチャーである。ハバーマスは、健全な公共圏の存在こそが、政治権力の暴走を牽制し、国家の意思決定を市民の理性に紐付けるための絶対条件であると位置づけている。しかし同時に、消費資本主義とマスメディアの発展によって、批判的討議が受動的な文化消費へと変質し、強力なエリートによる世論の操作が行われる「公共圏の再封建化(Refeudalization)」の危険性も指摘されている。
コミュニケーション的行為(Communicative Action)
公共圏という空間を機能させるためのミクロな作動原理が、コミュニケーション的行為である。1981年の大著『コミュニケーション的行為の理論』において、ハバーマスは人間の行為の合理性を「道具的理性(Instrumental Rationality)」と「コミュニケーション的理性(Communicative Rationality)」の二つに厳密に区分した。
道具的理性(目的合理的行為)とは、特定の目的を最も効率的に達成するための計算的思考であり、他者を自分の思い通りに操作・管理する対象として扱う。これは市場経済や官僚制といった「システム(System)」を駆動する原理である。これに対し、コミュニケーション的行為とは、人間が言語を用いて相手を操作するのではなく、「相互に理解し合い、合意に達すること」を目的とする行為である。
ハバーマスは、人間の言語の究極の目的(テロス)は相互了解(Mutual Understanding)にあり、社会の基盤となる「生活世界(Lifeworld:人間が共有する日常的な経験や文化の蓄積)」は、このコミュニケーション的行為によってのみ健全に再生産されると論じた。民主主義の危機とは、システムの道具的理性が生活世界に侵入し、対話と相互理解の領域を効率性と操作の論理で塗り替えてしまう「生活世界の植民地化(Colonization of the Lifeworld)」によって引き起こされる。
熟議民主主義(Deliberative Democracy)
公共圏におけるコミュニケーション的行為を通じて形成された意志を、いかにして法と政治のシステムに結びつけるかを構想したのが熟議民主主義の理論である。1992年の『事実性と妥当性(Between Facts and Norms)』において体系化されたこの理論は、民主主義の正統性を「単なる多数決」や利益集団間の取引に求めるのではなく、「決定に至るまでの徹底的な議論(熟議)のプロセス」そのものに求める考え方である。
ハバーマスのモデルでは、社会の周辺部(活発な市民社会や公共圏)で生成された「コミュニケーション的権力(Communicative Power)」が、法という翻訳メディアを通じて国家の「行政的権力(Administrative Power)」を包囲し、方向づける。法律や政策が市民にとって従うべき「正当なもの(Validity)」として受け入れられるためには、それが強制力(Facticity)を持っているからではなく、すべての人々に対して開かれた包括的で理性的な討議のプロセスを経て導き出された結論だからである。熟議が欠如した多数決は、単なる数の暴力(支配)に転落する危険性を常に孕んでいる。
陰謀論は「何」に対して危険なのか?:民主主義の存立基盤の破壊
現代社会を席巻する陰謀論(Pizzagate、QAnon、反ワクチン陰謀論、不正選挙論など)は、単なる「誤った情報の流通」という局所的な問題ではない。ハバーマスの視点から見ると、陰謀論が明確に牙を剥き、決定的な破壊をもたらす対象は、「民主主義の存立基盤そのもの(公共圏と理性的対話の前提)」である。
陰謀論は、コミュニケーション的理性が機能するためのインフラを根底から解体する。具体的には、ハバーマスが言語語用論の次元で見出した対話の前提条件に対し、以下の3つの致命的な破壊をもたらす。
① 「対話のルール(妥当性要求)」に対する危険性
ハバーマスの普遍語用論(Universal Pragmatics)によれば、人々が言葉を用いて健全な対話(コミュニケーション的行為)を成立させるためには、発話の中に以下の「妥当性要求(Validity Claims)」が暗黙裡に提起され、相互に満たされているという信頼関係が必要不可欠である。
以下の表は、ハバーマスが提起する主要な妥当性要求と、陰謀論がそれらをいかにして破壊するかを対比したものである。
| 妥当性要求(Validity Claims) | 志向する世界と内容 | 陰謀論による破壊のメカニズム(危険性) |
| 真理性(Truth) | 客観的世界: 言っていることが客観的な事実・データに合致していること。 | 「公式の事実はすべて巨大な嘘(フェイク)である」という前提から出発し、客観的証拠や科学的データを最初から否定する。これにより共通の事実基盤が完全に破壊される。 |
| 誠実性(Sincerity / Truthfulness) | 主観的世界: 話し手に騙そうとする意図や隠されたアジェンダがないこと。 | 「エリート、専門家、メディアは我々を騙し、支配しようとしている」と断定し、他者の発話の誠実性を一律に否定する。相互信頼が消滅し、深刻なパラノイア(偏執病)が支配する。 |
| 正当性(Rightness / Legitimacy) | 社会的世界: 発話や行為が、社会的な規範や価値観に照らして正しいこと。 | 既存の民主的制度や法規範そのものを「腐敗したエリートの道具」と見なし、その正当性を根本から否認する。結果として、暴力的・反民主的な手段の行使が正当化される。 |
| 了解可能性(Clarity) | 言語的基盤: 用いられる言葉の文法や意味が明確で、相互に理解可能であること。 | 「目覚めた者」にしか理解できない暗号的表現(ドッグホイッスル)、難解なシンボル、エソテリック(秘教的)な論理を多用し、意図的に外部との対話を拒絶する。 |
【陰謀論の危険性】 健全な対話において意見の対立が生じた場合、参加者は客観的データ(真理性)や規範的理由(正当性)を提示し合う「言説(Discourse)」のレベルへと移行することで問題を解決する。しかし、陰謀論はコミュニケーションの入口において、「公式の事実はすべて嘘だ(真理性の完全な否定)」、「エリートや専門家は我々を騙そうとしている(誠実性の完全な否定)」という極端な懐疑主義の前提からスタートする。
この結果、異なる立場の者が互いに信頼して対話を行うための土俵、すなわち「共通の事実基盤」が跡形もなく破壊される。共通の事実が存在しなければ、議論の妥当性を検証する手段がなくなり、言葉は相互理解のツールから、単なる感情的な武器(情報戦のツール)へと劣化してしまうのである。
② 「より良い論証の力」に対する危険性
第二の致命的な危険性は、理性的議論の解決メカニズムそのものの無効化である。ハバーマスは、討議における権力や暴力、社会的地位による強制を完全に排除した「理想的発話状況(Ideal Speech Situation)」を想定した。この空間において最終的に合意を導くのは、参加者の権力ではなく、議論の末に「最も理にかなった意見が勝つ」という理性の力である。ハバーマスはこの力を、彼特有の逆説的な表現で**「より良い論証の強制なき強制(the unforced force of the better argument)」**と呼んでいる。
この理性のメカニズムが機能するためには、参加者が自らの意見に対する反証(客観的なデータや科学的証拠)が提示された場合、自らの誤りを認め、意見を修正するという「反証可能性に開かれた態度」が必要不可欠である。
【陰謀論の危険性】 しかし、陰謀論は「循環論法(Circular Reasoning)」と「反証不可能性(Unfalsifiability)」という強固な自己防衛メカニズムを備えている。陰謀論の世界観においては、自らの主張を否定するような反証データや専門家の見解が提示されると、「その反証データを出してきたこと自体が、巨大な陰謀が存在する証拠であり、彼らもまた陰謀の一部(グル)なのだ」と解釈される。
科学機関やファクトチェック機関による検証すらも陰謀のシステムに組み込まれてしまうため、外部からのいかなる「より良い論証」も内部に到達しない。論理的・実証的な批判をすべて弾き返すこの構造は、「理性が機能しない閉じた世界(自己完結的な認識論的ループ)」を作り出す。これにより、客観的な証拠を用いた対話による問題解決は完全に不可能となり、より良い論証の力は無力化されるのである。
③ 「社会の統合(合意形成)」に対する危険性
コミュニケーション的行為の最終的な目的は「社会の統合(Social Integration)」である。複雑で多様な価値観を持つ近代社会において、異なる意見を持つ人々が議論を通じて妥協点や合意を見出し、社会を一つにまとめていくプロセスこそが民主主義の生命線である。
【陰謀論の危険性】 しかし、事実の真理性や誠実性への信頼が失われ、共通の事実という「通貨」が市場から消え去ると、市民は他者との対話による合意形成を諦めてしまう。その結果、人々は自己のアイデンティティを脅かさない、自分と全く同じ「真実(陰謀論)」を信じる者同士だけで固まり、極めて閉鎖的なコミュニティ(エコーチェンバー / フィルターバブル)を形成する。
この状況は、包括的であるべき「公共圏」の決定的な分断(デジタル・フラグメンテーション)を意味する。対立するグループは、もはや互いを「説得すべき民主主義の対戦相手(Adversaries)」ではなく、「排除・殲滅すべき実存的な敵(Enemies)」として認識するようになる。共通の課題について議論する空間が消失することで、社会全体の合意形成プロセスは麻痺し、民主主義を支える市民的連帯と社会統合は完全に崩壊するに至るのである。
デジタル化と「疑似公共圏」の台頭:2022年以降の構造転換
陰謀論がこれほどの破壊力を持つに至った背景には、21世紀におけるメディア環境の劇的な変化がある。ハバーマス自身も、2022年の著書『公共圏の新たな構造転換と熟議政治(A New Structural Transformation of the Public Sphere and Deliberative Politics)』において、デジタル・プラットフォームとソーシャルメディアがもたらした危機的状況について詳細な分析を行っている。
「半私的・半公的」空間による規範の喪失
ハバーマスの分析によれば、歴史的な公共圏は、ジャーナリストや編集者という専門的なゲートキーパーが存在するマスメディア(新聞、テレビ等)のインフラによって支えられていた。彼らは不完全ながらも、事実確認と公共の利益に基づく情報のフィルタリング機能を提供し、国民的公共圏の基盤となる共通の議題を設定していた。
しかし、ソーシャルメディアの普及は、この制度的なフィルタリング機能を解体し、コミュニケーション空間を「半私的・半公的(Semi-private, Semi-public)」な領域へと変質させた。ハバーマスの民主主義理論では、市民が法的に保護された「私的領域(Private Autonomy)」に留まる限り、自らの行動や選択について他者に正当化の理由を説明する義務はない。しかし、集合的な決定を求める「公的領域(Public Autonomy)」に参加する際には、すべての市民の利益を考慮する「討議的な態度(Discursive Attitude)」を採用することが強く求められる。
ソーシャルメディアはこの境界線を曖昧にする。ユーザーは、私的な手紙や親しい友人との会話で許されるような無責任で主観的な言説を、そのまま世界中に向けて公に発信(拡散)してしまう。どのコミュニケーション規範に従うべきかが不明瞭なこの空間では、公的な討議の基準を遵守しようという市民の自覚は失われ、公共圏は「白紙のキャンバス」のように個人の恣意的な主張によって埋め尽くされる。
アルゴリズムによる生活世界の植民地化と不協和音の拒絶
さらに深刻なのは、この構造的曖昧さが、ソーシャルメディアの「構築された環境(Built Environment)」とプラットフォーム資本主義の経済的動機(ユーザーのエンゲージメント最大化)によって意図的に増幅されていることである。研究者たちはこれを、ハバーマスの理論を拡張した「アルゴリズムによる植民地化(Algorithmic Colonization)」と呼ぶ。
アルゴリズムは、理性的で穏健な議論よりも、怒り、恐怖、そして陰謀論的なセンセーショナリズムの方が、はるかに効率的にユーザーの注意を引きつけ、広告収益(道具的理性・システム)を生み出すことを学習している。その結果、システムはユーザーに対して「不協和音(反対意見)の拒絶」と「協和音(同調意見)の受容」を強力に推し進める。
市民は、専門家によってフィルタリングされていない「自分たちだけの知識」によって構成される「アイデンティティを保存するための限定的な地平」へと閉じこもる。ここから一般の公共圏を眺めると、それは「真実(陰謀論)を無視する偽善の領域」として映る。こうして、かつては多様な市民を包摂していた国民的公共圏は、互いに対話しようとしない無数のセクト的な「分断された半公共圏(Fragmented Semi-publics)」へと劣化したのである。
陰謀論が寄生する「疑似公共圏(Pseudo-Public Sphere)」
こうしたデジタル空間の変容は、「疑似公共圏(Pseudo-Public Sphere)」という特異な病理を生み出した。疑似公共圏とは、外見上はハバーマスが理想とした「自由な言論空間」「権威への批判」「開かれた議論」といった規範的な装い(Public Sphere Norms)を纏いながら、その実態は情報戦(Information Warfare)やコミュニケーション資本主義という全く異質な論理(Alien Logic)で動いている空間である。
QAnonやPizzagateに代表されるポスト真実の陰謀論運動は、まさにこのハバーマス的な「自由な公共の議論」という理想を武器として悪用(Weaponize)する。彼らは「真実を探求するための議論の自由」を主張し、プラットフォーム上での自己の正当性を担保しようとするが、その目的は相互了解ではなく、対立陣営の破壊と認識論的混乱の創出である。このように、陰謀論は民主主義の理想的な語彙をハッキングすることで、民主主義の免疫系を逆手に取り、社会の内部から存立基盤を食い破っていくのである。
処方箋としての「熟議の制度化(ミニ・パブリックス)」
陰謀論とデジタル・プラットフォームの共犯関係がもたらす認識論的危機に対し、民主主義はいかにして対抗すべきか。ハバーマスのコミュニケーション的行為の理論は、その抽象性の高さにもかかわらず、政治学や社会学の分野において極めて実践的な制度設計のムーブメントを生み出した。それが「ミニ・パブリックス(Deliberative Mini-publics)」あるいは「熟議の制度化」と呼ばれるアプローチである。
ミニ・パブリックス(市民議会、市民陪審、討論型世論調査など)は、崩壊しつつあるマクロな公共圏の欠陥を補完するために、意図的にハバーマスの「理想的発話状況」に極めて近い環境を人工的に設計・制度化する試みである。
デジタル疑似公共圏とミニ・パブリックスの構造的対比
以下の表は、陰謀論が蔓延するデジタル疑似公共圏の病理的特徴と、それに対抗するためにミニ・パブリックスが組み込んでいる制度的介入のメカニズムを比較したものである。
| 領域 | デジタル疑似公共圏の病理(現状) | ミニ・パブリックスにおける制度的介入 | ハバーマス理論における効果 |
| 参加者の構成 | 自己選択に基づくエコーチェンバー。極端な思想を持つアクティビストや声の大きい者が議論を支配する。 | くじ引き(Sortition / 無作為抽出): 人口動態を反映した多様な一般市民を無作為に抽出する。 | 権力や影響力から自由な、包括的で対等な参加者の確保(生活世界の多様性の反映)。 |
| 情報基盤 | アルゴリズムによって増幅された偽情報、感情を煽るフェイクニュースが飛び交い、事実が否定される。 | 専門家の証言と学習プロセス: 熟議の前に、多様な立場の専門家から客観的で検証可能な情報・データが提供される。 | 共通の事実基盤の再構築。発話における「真理性」と「誠実性」の妥当性要求の回復。 |
| 議論の進行 | アルゴリズムによる「不協和音の拒絶」。誹謗中傷と対立煽りによる情報戦。 | 専門家によるモデレーション: 訓練されたファシリテーターが、全員に発言権を保障し、相互尊重のルールを徹底させる。 | 権力や威圧に基づく強制の排除。コミュニケーション的理性に基づく「相互了解」への方向付け。 |
| 意思決定基準 | いいね数(アテンション・エコノミー)や炎上による数の暴力(道具的理性)。 | トレードオフの計量と理由付け: 感情論ではなく、具体的な政策のメリット・デメリットを論理的に比較検討する。 | 「より良い論証の強制なき強制」の制度的担保。反証可能性に対する開かれた態度の維持。 |
熟議民主主義の成功事例(アイルランド、フランス、ドイツ)
これらの制度的介入が、陰謀論や極端な分極化に対して実際に強力な解毒剤として機能することは、近年の国際的な実証例によって証明されている。
1. アイルランドにおける市民議会(2016年〜2018年) 最も成功した事例の一つが、人工妊娠中絶を禁じた憲法修正第8条の改正を巡るアイルランドの市民議会(Citizens’ Assembly)である。宗教的・政治的な分極化が極まり、マスメディア上では感情的な対立とポピュリスト的なレトリックが支配的であった中、99名の無作為抽出された市民が招集された。彼らは数ヶ月にわたり、医療、法律、倫理の専門家から証言を聞き、事実に基づき(真理性の確保)、相互に尊重し合いながら(誠実性と正当性の確保)熟議を行った。このプロセスにより、極端な意見は中和され、熟慮に満ちた建設的な勧告が導き出された。この勧告は後の国民投票を成功に導き、エリートではなく「普通の市民」による理性的討議が、ポピュリズムと偽情報の蔓延する情報生態系に対抗し得ることを実証した。
2. フランスの気候変動市民会議(Convention Citoyenne pour le Climat, 2019年〜2020年) 「黄色いベスト運動(Gilets jaunes)」という深刻な社会的分断と抗議活動に直面したフランスのマクロン大統領によって設立されたこの会議では、150名の無作為抽出された市民が参加した。気候変動という、偽情報や企業のロビー活動(システムによる操作)が極めて入り込みやすいテーマに対し、長期間にわたる専門家のインプットと深い熟議の場が提供された。結果として、参加者は初期の偏見や誤情報を乗り越え、驚くほど高度な認知的理解に基づいた149項目の抜本的な環境政策の提言を取りまとめた。これは、事実と理由付けに基づく討議空間を与えられれば、一般市民であってもフェイクニュースの罠を抜け出し、極めて高度なコミュニケーション的権力を生み出せることを示している。
3. ドイツの「偽情報対策フォーラム(Forum gegen Fakes, 2024年)」 陰謀論と偽情報の危機そのものを直接のテーマとして取り上げたのが、ドイツのベルテルスマン財団などが主催した「Forum gegen Fakes」である。このプロジェクトは、オンラインでの大規模なアイデア収集(42万人以上が参加)と、無作為に選ばれた市民による市民議会(Bürgerrat)を組み合わせた世界初のアプローチであった。市民議会では、フェイクニュースが民主主義にもたらす脅威について専門家の知見を交えて議論が行われ、偽情報の検出・報告を行う中央機関の設立や教育キャンペーンの実施など、具体的で実効性のある政策提言が行われた。評価報告書によれば、参加者の70%が自らの意見が意味のある影響を与えたと実感しており、偽情報対策のルール作りをエリートやプラットフォーム企業に任せるのではなく、市民自身による熟議のプロセスを通じて正当化することの重要性を証明した。
テクノロジーによる解決の限界:「ハバーマス・マシーン」への批判
こうした熟議の制度化の成功の一方で、近年では人工知能(AI)を用いて熟議プロセスを効率化・代替しようとする試みも登場している。Google DeepMindが開発した「ハバーマス・マシーン(Habermas Machine)」は、対立する政治的立場を持つ人々のグループ間で、AIが自動的に「合意(Agreement)」を生成することを目指すツールである。
しかし、ハバーマスの理論的枠組みから見れば、このような技術的ショートカットには重大な規範的欠陥が存在する。このツールは、熟議民主主義を「合意という結果の産出」に矮小化しており、「合意に至るまでの人間同士の葛藤と相互理解のプロセス」という最も重要な要素を軽視している。また、参加者を私的で個別化された空間に隔離し、AIが生成した意見の単なる「評価者」へと貶めてしまう。
ハバーマスが重視する「コミュニケーション的行為」は、生身の人間が自らの言葉で他者に理由を説明し、他者の反証に耳を傾けるという認知的な労力(相互作用)を伴うものであり、アルゴリズムに外注できるものではない。対話のプロセスをAIのブラックボックスに委ねることは、生活世界をテクノロジーという「システム」の論理によってさらに植民地化することに他ならず、陰謀論がつけ入る隙となる「システムの不透明性への不信感」を助長する危険性すら孕んでいる。
結論
現代の民主主義が直面している陰謀論と偽情報の蔓延は、単なる一時的な情報の混乱ではない。それは、ユルゲン・ハバーマスが精緻に描き出した民主主義の存立基盤、すなわち「真理性」や「誠実性」といった対話の前提(妥当性要求)を破壊し、「より良い論証の力」を無効化し、最終的に社会の合意形成と連帯を解体しようとする認識論的なテロリズムである。
さらに、デジタル・プラットフォームとアルゴリズムの台頭は、公私を混同させた「半私的・半公的」な空間を作り出し、人々をアイデンティティの殻に閉じ込めることで、この破壊作業を構造的に加速させている。ハバーマス的規範を悪用する「疑似公共圏」の出現は、コミュニケーション資本主義の道具的理性が、民主主義の不可欠な基盤である生活世界をいかに深く植民地化しているかを示す証左である。
しかし、ハバーマスの理論が示すように、人間の言語に内在する「相互了解」への志向性は失われていない。アイルランド、フランス、ドイツ等で実践されている「ミニ・パブリックス」の成功は、適切な制度設計によって権力の非対称性を排除し、事実に基づいた理性的討議の場を提供すれば、一般市民が極端な分極化や陰謀論の罠から抜け出し、より良い論証の力に服して高度な合意形成を実現できることを力強く証明している。
民主主義の未来を確保するためには、自己完結したデジタル空間におけるアルゴリズムの自動修正機能や、AIによる安易な合意形成の代替に依存してはならない。社会は、理性的で包括的な「言説(Discourse)」を可能にするための制度的なインフラ(熟議の場)を物理的・法的に再構築し、コミュニケーション的理性を機能させるための空間を泥臭く守り抜かなければならないのである。それこそが、陰謀論の閉ざされた暗黒のループを打ち破り、近代の未完のプロジェクトたる真の民主的連帯を成し遂げるための唯一の道である。