トランプ政権下の「イスラエル・ファースト」政策と対イラン軍事衝突の必然性
2026年2月現在、中東情勢は過去数十年の地政学的枠組みが完全に解体され、新たな、そして極めて危険な軍事パラダイムへと移行した。ドナルド・トランプ大統領の第2期政権が始動して以来、その外交政策の核心をなす「イスラエル・ファースト」のアプローチは、単なる同盟国への支援を超え、アメリカの国家安全保障戦略そのものをイスラエルの戦略的目標に同調させるに至っている 。この政策的転換の帰結として、イランとの軍事衝突はもはや「可能性」の段階を過ぎ、2025年6月の核施設攻撃(オペレーション・ミッドナイト・ハンマー)を経て、現在は全面的な地域戦争への「必然的」な最終段階を迎えている 。本報告書は、トランプ政権の思想的背景、地域同盟の変容、軍事的エスカレーションの論理、そして現在の最終通牒に至るまでのプロセスを詳述し、衝突の必然性を構造的に分析する。
イスラエル・ファースト政策の思想的・構造的基盤
トランプ政権の対中東政策は、従来のワシントンの外交エスタブリッシュメントが維持してきた「均衡と関与」の原則を根底から覆すものである 。この変革を主導するのは、イデオロギー的に極めて純化された「イスラエル・ファースト」の内閣と、その背後にある強力な国内支持基盤である。
内閣人事と強硬派の台頭
第2期トランプ政権の人事は、イスラエルの右派政権との完全な同調を意図している。国務長官に指名されたマルコ・ルビオ氏は、ガザにおける停戦要求を拒否し、ハマスの「全滅」を公然と支持する人物である 。また、駐イスラエル大使に任命されたマイク・ハッカビー氏は、パレスチナ人のアイデンティティそのものを否定し、ヨルダン川西岸地区の併合を「聖書的権利」として支持する福音派の元知事である 。これらの人事は、トランプ政権がパレスチナ問題における二国家解決を事実上放棄し、イスラエルの最大主義的な領土主張を全面的に受け入れていることを示している 。
| 役職 | 氏名 | 政策的立場・特徴 |
| 大統領 | ドナルド・トランプ | 取引を重視しつつ、軍事力による「力による平和」を追求 |
| 国務長官 | マルコ・ルビオ | イスラエルによるハマス撃滅を支持、停戦に反対 |
| 駐イスラエル大使 | マイク・ハッカビー | 西岸地区の併合を支持、パレスチナ国家を否定 |
| 国連大使 | エリス・ステファニク | イスラエルの西岸地区に対する「聖書的権利」を主張 |
| 中東特使 | スティーブ・ウィトコフ | クシュナー氏と共にアブラハム合意の深化とビジネスを推進 |
キリスト教シオニズムと国内政治
トランプ大統領の政策決定に不可欠な要素が、福音派を基盤とするキリスト教シオニストの影響である 。彼らは聖書の予言に基づき、ユダヤ人の聖地帰還とエルサレム統治を主の再臨の前提条件と信じている 。トランプ氏が第1期でエルサレムをイスラエルの首都と認め、大使館を移転させた背景には、シェルドン・アデルソン氏のような巨額献金者への配慮だけでなく、福音派の「終末論的」な世界観を満足させる政治的必然性があった 。
この神学的裏付けを持つ政策は、合理的・外交的判断をしばしば凌駕する。例えば、「創世記12章3節(イスラエルを祝福する者を祝福する)」の教義は、政策立案者たちの間で絶対的な行動指針として機能しており、これがイランに対する非妥協的な姿勢、すなわち「悪の勢力」との対決という構図を強化している 。
最大限の圧力キャンペーンと経済戦の限界
トランプ政権の対イラン戦略の第一段階は、2015年の核合意(JCPOA)からの脱退と、2018年に開始された「最大限の圧力(Maximum Pressure)」キャンペーンであった 。この経済制裁の目的は、イランの石油輸出を「ゼロ」にし、体制を外交的・財政的に窒息させることで、核開発と地域への介入を断念させることにあった 。
イラン経済の強靭化と構造変化
しかし、長年にわたる制裁は皮肉にもイラン経済の「脱石油化」と貿易の多角化を促進した。1979年に経済の75%を占めていた石油部門は、2019年には5%程度にまで低下し、製造業やサービス業がその穴を埋める形となった 。さらに、イランは中国を最大の貿易相手国とすることで、米ドル決済網からの排除を生き抜く術を身につけた。
| 貿易構造の変化 | 1978年以前 | 2019年時点 |
| 西側諸国への輸出シェア | 約80% | 1%以下 |
| 中国への輸出シェア | 1%以下 | 約36% |
| 石油依存度 | 圧倒的多数 | 縮小し、非石油輸出が増加 |
この「戦略的回復力」により、イランはアメリカの要求に屈することなく、むしろ核開発の加速(ウラン濃縮度の60%への引き上げ)とミサイル技術の高度化で応じた 。トランプ政権は2025年までに、経済制裁というツールだけではイランの核野望を阻止できないという結論に達し、これが直接的な軍事行動への転換を促す要因となった 。
アブラハム合意による地域包囲網の軍事化
2020年に締結されたアブラハム合意は、当初、中東の平和と繁栄をもたらす外交的快挙として喧伝された。しかし、実態としては、イスラエルをハブとする「対イラン地域安全保障同盟」の構築であった 。ジャレッド・クシュナー氏が進めたこの構想は、パレスチナ問題を棚上げし、共通の脅威であるイランに対抗するためにイスラエルとアラブ諸国の軍事・インテリジェンス能力を統合することを目指した 。
軍事統合と米中央軍(CENTCOM)の役割
イスラエルが米中央軍の管轄区域に編入されたことで、地域の軍事バランスは劇的に変化した 。これにより、イスラエルのミサイル防衛システム(アイアンドーム、アロー等)と、サウジアラビアやUAEなどの湾岸諸国のレーダー網、そして米軍の攻撃能力がリアルタイムで連携可能となった 。この統合された防衛インフラは、イランによるミサイルやドローンの報復攻撃を無力化するための「防壁」として機能し、トランプ政権がイラン本土への攻撃を決定する際の心理的・軍事的障壁を大幅に下げた 。
クシュナーによる「取引」の論理
クシュナー氏の中東外交は、マッキンゼーなどのコンサルティング会社の影響を受け、地政学的対立をビジネスの課題として捉える傾向がある 。アブラハム合意に伴うイスラエルと湾岸諸国の協力は、バイオテクノロジー、航空宇宙、サイバーセキュリティ、そして高度な兵器取引へと拡大した 。この「経済的な結びつき」は、イランを地域経済から完全に排除し、イランの影響下にある「抵抗の枢軸」を資金面からも遮断することを意図している 。
2025年:直接衝突の幕開けと「ミッドナイト・ハンマー」
2025年は、中東の歴史において「影の戦争」が「直接的な軍事激突」へと変貌を遂げた年として記憶されるだろう。イスラエルとイランの直接的な応酬、そしてアメリカによる大規模な介入は、衝突の不可避性を証明する一連のイベントであった。
オペレーション・ライジング・ライオンと6月の12日間戦争
2025年6月13日、イランが国際原子力機関(IAEA)の査察を制限し、核開発の「最終段階」に入ったとのインテリジェンスに基づき、イスラエルは「オペレーション・ライジング・ライオン(昇り獅子作戦)」を発動した 。イスラエル軍はイラン国内の核関連施設やミサイル基地、軍司令部を標的に大規模な空爆を実施し、テヘラン近郊を含む重要拠点を破壊した 。これに対し、イランはカタールのアル・ウデイド空軍基地など地域の米軍資産への報復攻撃を示唆し、緊張は最高潮に達した 。
オペレーション・ミッドナイト・ハンマーの衝撃
イスラエルの攻撃を受け、トランプ政権は2025年6月22日、米軍による直接攻撃「オペレーション・ミッドナイト・ハンマー(真夜中の槌作戦)」を決断した 。これは、米軍がイスラエル軍と完全に同調し、敵対国の核施設を物理的に破壊するために直接介入した歴史的な転換点となった。
- 攻撃の規模: 7機のB-2ステルス爆撃機がディエゴ・ガルシア島から37時間にわたる無寄港飛行を行い、イランの主要施設に14発の巨大貫通爆弾(MOP)を投下した 。
- 標的: ナタンズ、イスファハン、そして地下深くに隠蔽されたフォルドゥの核施設 。
- 成果と影響: 米軍の評価によれば、フォルドゥ施設は致命的な損傷を受け、イランのウラン濃縮能力は数年単位で後退した 。しかし、この攻撃はイラン側の「殉教者精神」を刺激し、外交的解決の余地をほぼ完全に消失させる結果となった 。
この軍事行動の成功により、トランプ政権内では「軍事力行使こそが最も効率的な外交手段である」という成功体験が定着し、2026年のより強硬な最終通牒へと繋がっていく 。
エスカレーション・ラダーの進化と戦略的必然性
衝突が「必然」とされる背景には、トランプ政権が構築したエスカレーション・ラダー(段階的激化)の論理がある。これは、2020年のカセム・ソレイマニ暗殺から始まり、2025年の核施設攻撃を経て、現在の最終通牒に至る一貫した「抑止と強制」のプロセスである。
ソレイマニ殺害の遺産と行動規範の破壊
2020年1月、トランプ大統領の指示により実施されたカセム・ソレイマニ司令官の暗殺は、アメリカが国家の正規軍高官をテロリストと同等に扱い、標的殺害を実施するという新機軸を確立した 。この時、アメリカ側は「切迫した脅威(imminent threat)」を正当化の理由に挙げたが、その実質的な目的は、イラン側の行動に対する「予測不可能な報復」を示すことであった 。
この行動は、イラン側に対して「アメリカは全面戦争のリスクを辞さない」という強力なシグナルを送った一方で、イラン側の対米不信を決定的なものにした。イランはこれ以降、正規軍による報復(アサド空軍基地へのミサイル攻撃)を実施し、両国の対立は「代理勢力を通じた間接戦」から「直接的な軍事対峙」へと質的に変化した 。
2019年石油施設攻撃と「レッドライン」の再定義
2019年のサウジアラビア・アブカイク石油施設への攻撃に対し、トランプ政権(第1期)は直接の軍事報復を避けた 。当時、トランプ氏は「これはサウジアラビアへの攻撃であり、アメリカへの攻撃ではない」と述べ、軍事介入に消極的な姿勢を見せた 。しかし、この「抑制」は、イラン側に「アメリカは本土や米兵が直接狙われない限り動かない」という誤ったメッセージを与えた可能性がある 。
第2期に入り、トランプ政権はこの教訓を逆手に取った。すなわち、「アメリカの直接的利益」の定義を「イスラエルの安全保障」にまで拡大し、イスラエルへの攻撃をアメリカへの攻撃と同等に扱うという新方針である。これにより、かつての抑制的な姿勢は消え、2025年のミッドナイト・ハンマーのような先制攻撃が「正当な防衛」として組み込まれることになった 。
イランの内部崩壊リスクと「窮鼠の戦略」
軍事衝突を不可避にしているもう一つの要因は、イラン国内の不安定化である。経済の困窮と抑圧に対する国民の怒りは、2025年から2026年にかけて大規模な抗議活動へと発展し、体制は存亡の危機に立たされている 。
デモの激化と弾圧の連鎖
2025年後半から続く抗議デモは、若年層(Gen Z)を中心に、もはや体制の改革ではなく「解体」を求めるものとなっている 。これに対し、革命防衛隊(IRGC)は実弾を使用した厳しい弾圧を行い、数千人の犠牲者が出ていると推定される 。
トランプ政権はこの状況を「体制転換(Regime Change)」のチャンスと捉え、プロテスタントや人権擁護を名目にイラン政府をさらに追い詰めている 。トランプ氏は「デモ隊を殺害するなら非常に強力な行動(very strong action)をとる」と警告しており、人道的な理由を軍事介入のレジティマシー(正当性)として利用する構えを見せている 。
抑止力の崩壊と核へのスプリント
イラン指導部は、外部からの軍事圧力と内部からの崩壊危機という二正面作戦を強いられている。歴史的な教訓(カダフィやサダム・フセインの例)に基づき、彼らは「核兵器の保有こそが体制生存の唯一の保証」であるという確信を深めている 。
ミッドナイト・ハンマーによって核施設が損傷したことで、イランには二つの道が残された。一つは降伏に近い条件での交渉だが、これは国内の強硬派によるクーデターや体制崩壊を招くリスクがある。もう一つは、残された核物質を使い、地下深くの秘密拠点で一気に核武装を完成させる「核へのスプリント(全力疾走)」である 。現在のインテリジェンスは、イランが後者の道を選択しつつあることを示唆しており、これが米イスラエルによる「最終的な殲滅作戦」の引き金になろうとしている。
2026年2月:最終通牒と衝突のカウントダウン
2026年に入り、事態は最終局面に達した。トランプ大統領は2026年2月上旬、イランに対して「15日間の猶予」を突きつけた。これは、核プログラムの完全な廃棄、ミサイル開発の停止、そして地域代理勢力からの撤退を求める「事実上の無条件降伏」である 。
ジュネーブとオマーンでの交渉決裂
2月17日現在、ジュネーブとオマーンで進められていた外交的接触は、イラン側が「濃縮の権利」を譲らない姿勢を維持したことで事実上決裂した 。イランのハメネイ師は「地域戦争」も辞さない構えを見せ、ホルムズ海峡の封鎖を示唆する演習を開始している 。
米軍の戦力集中とイスラエルの動向
アメリカは、2003年のイラク戦争以来最大規模の航空戦力を中東に集結させている。空母ジェラルド・フォードとアブラハム・リンカーンの2つの打撃群が展開し、B-2爆撃機が再び警戒態勢に入った 。
一方、イスラエルのネタニヤフ首相は、トランプ政権に対し「今こそ問題を根本から解決する時だ」と強く働きかけている 。イスラエルにとって、イランの核能力を完全に物理的に抹消する絶好の機会は今しかなく、トランプ氏が万が一にも「妥協的なディール」に走ることを阻止するために、独自の追加攻撃を準備しているとの報告もある 。
地政学的結末への多角的な影響評価
対イラン軍事衝突が現実のものとなった場合、その影響は中東に留まらず、世界のパワーバランスを再定義することになる。
湾岸諸国と地域協力会議(GCC)の苦悩
サウジアラビアやUAEは、トランプ政権の強硬策を支持しつつも、自国が戦場になることを極度に恐れている 。彼らは米軍に対して自国の領空使用を制限する声明を出しつつ、水面下ではイランとの緊張緩和を模索するという矛盾した行動をとっている 。衝突が始まれば、イランのミサイルはこれら湾岸諸国の石油インフラや淡水化プラントを標的にする可能性が高く、世界経済に壊滅的な打撃を与える恐れがある 。
シリア情勢と「抵抗の枢軸」の崩壊
2024年後半のバシャール・アル・アサド政権の崩壊は、イランにとって戦略的な大打撃であった 。シリアという「回廊」を失ったことで、レバノンのヒズボラへの武器補給ルートが断たれ、イスラエルによるヒズボラ攻撃が容易になった 。トランプ政権はシリアの新暫定政府との関係を深めており、イランの影響力をレバノン・シリアから完全に一掃する「グランドデザイン」を描いている 。
ロシア・中国の動向
イランを戦略的パートナーと見なすロシアと中国にとって、トランプ政権の直接介入は自国の影響力に対する挑戦である。しかし、ウクライナ戦争で消耗するロシアや、アメリカとの貿易戦争を抱える中国が、イランのために直接軍事介入する可能性は低いと見られている 。むしろ、彼らはイランの崩壊に乗じて中東における新たな利権(資源や再建事業)を確保するための準備を進めており、トランプ政権の単独行動主義が招く「力の空白」を注視している 。
衝突の必然性に関する理論的総括
本分析において、対イラン軍事衝突を「必然」と断定する理由は、以下の三つの戦略的デッドロック(膠着状態)に帰結する。
- 実存的脅威の非対称性: イスラエルにとってイランの核保有は国家の消滅を意味する「実存的脅威」であり、イラン体制にとって核放棄は外部介入による政権崩壊を招く「実存的脅威」である。両者の安全保障上の要求はゼロサムの関係にあり、物理的な力の行使以外に解決策が存在しない 。
- トランプ・ドクトリンの性質: トランプ氏の「取引」は常に圧倒的な武力を背景とした「降伏勧告」に近い。イランのような革命国家にとって、公然たる降伏は体制のアイデンティティ崩壊を意味するため、選択肢は「戦うか、自滅するか」の二択に絞られる 。
- エスカレーションの自己増殖: 2025年の直接攻撃により、両国は「引き返せない点(Point of No Return)」を超えた。攻撃が成功すればするほど、攻撃側(米イスラエル)は追加攻撃の有効性を信じ、防衛側(イラン)は報復と核武装の緊急性を高めるという「戦略的螺旋」に陥っている 。
結論
トランプ政権下の「イスラエル・ファースト」政策は、中東を長年支配してきた「封じ込め」という曖昧な均衡を破壊し、明確な「決着」を求めるフェーズへと移行させた。2025年6月の「オペレーション・ミッドナイト・ハンマー」は、その決着がもはや外交ではなく、物理的な破壊によってのみ達成されるという政権の確信を裏付けた。
2026年2月現在、15日間の猶予期間が刻一刻と過ぎる中、地政学的な時計の針を止める手立ては残されていない。イランが核開発の「最終的な隠蔽」に動くか、あるいは米イスラエルが「スプリント」を阻止するためにさらなる大規模爆撃を開始するか。いずれにせよ、数週間以内に開始される軍事行動は、中東の地図を書き換え、トランプ政権の掲げる「イスラエル・ファースト」という賭けの最終的な審判を下すことになるだろう。
衝突の必然性は、もはや予測ではなく、構造的な現実である。政策担当者は、全面的な地域戦争と、それに伴うグローバルなエネルギー供給・経済秩序の激変に備えるべき最終段階に到達している。